2016年10月28日金曜日

パワーあるものを見る

私は修行の一環として

パワーあるものだけを見、
パワーあるものを食べ、
パワーあるものだけに触れるようにしている。

パワーがあるものは・・

美しい朝焼けや夕焼け
きれいな青空
美しい星空
美しい山並み
きれいな川
美しい海
名作映画
名画
美しい美術品・芸術品
美しい建造物

食べ物に関しては・・

有機野菜

あとは、一緒にいて元気になれる人


逆にマイナスパワーとなるものを見たり、食べたり、触れたりすることを避けている。

因みにSNSを行っている時に見たくなかったもの。

汚らしいものが写ってる写真
残酷なものが写ってる写真
下品な写真
極端な顔の加工写真
酒、煙草の写真
下品な言葉遣いの文章


これらを見る度に気分が悪くなっていた。
いわゆるパワーをとられ毒が入り込んだ状態に。

SNSには美しい写真を投稿している人もいれば、そうでない人もいる。


私が知る限り短命な武術家もいる。
恐らく上記のようなものに触れたり口にしたりしているからだろう。
知らず知らずのうちに体は毒されていく。
そしてほとんどの人はそれに気付けず重い病気にかかることになる。


私は気功の時間に良く話すことだが、
体を浄化しなければ元気の源であるパワーを得ることはできない。

元気とは、文字通り、元の気。
すなわち生まれたばかりの頃のほとばしるパワーがあった時の状態。
その状態に戻ることこそ武術家としての修行だと認識している。


カラダに良いことをすること、
即ち悪いものを断つということ。

今、自分が好んでいるものが本当に良いものなのだろうか?
それを断つことによりもっともっと素晴らしい世界に行けることは確か。
今自分が良いと思っているものよりもっともっと凄いものがある。

私がその道案内役として
これからも修行を続けながら指導していきたいと思う。

太極拳の到達点

太極拳を始めたら
まず最初に太極拳の姿勢や動作を正しく覚える。

正しい姿勢と動作は健康増進に繋がり、
楽しみながらも体力を養い体を丈夫にすることができる。

太極拳は万能薬とも言われるが、
老化防止としても最高の健康法。

逆に正しい姿勢や動作を覚えなければ
健康どころか体に支障をを与えてしまうことになりかねないし
太極拳の原理を知ることもできないだろう。

未経験者は決して独習などせず必ず師について習うべき。


ところで、太極拳の到達点は?

ひとつの套路(型)を覚えたら終わりなのだろうか?

そんなことはありえない。

太極拳に終わりはない。
逆に言えば生涯楽しみながら続けられる最高の健康法。


もし、ひとつの到達点があるとしたら
それは体調に変化が訪れた時だと思う。

風邪をひかなくなった。
足腰が丈夫になった。
肌がきれいになった。
ぐっすり眠れるようになった。
前向きになった。

いろいろあると思うが
それらの変化を実感できたのなら正しい姿勢と動きを習得したといえるだろう。

演武が上手にできるようになったからといって、
決して太極拳を習得したことにはならない。
武道も武術も健康になっていかなくては絶対におかしいのだ。

不健康になっていくのなら
体に悪影響を及ぼす、酒、煙草、暴飲暴食、不摂生となんら変わりない。

もし仮に、太極拳の名人や達人が怪我や病気ばかりしていたらどうだろう?
誰も太極拳をやろうとは思わないだろう。

もしそうなってしまっているとしたら間違っているということ。
すぐにでも師に相談し修正すべき。


太極拳を始めて元気と健康を手に入れたのなら、
それは太極拳をひとつ習得したことになると思う。

これこそが真の武術家への道だと私は思う。

2016年10月27日木曜日

心に伝わるHP

IT革命と言われた1999年、
私は縁あってIT普及のためのリーダー格として活動させて頂いた。

コンテンツはいわゆるホームページ。
そのネットワークはあっという間に広がり半年も経たないで2万人の組織に。

その傍らで、Eコマースの分野でも活動させて頂いた。

Eコマースとはいわゆる仮想ショッピングモール。
今で言うAmazonや楽天市場など。
そちらは2週間で150人、半年後には700人近い事業組織に。

当時は講演で日本各地を飛び回った。

ホームページといえば今では大手企業は必ず公式サイトを持っているが
その時代はまだまだ出遅れている企業がほとんどで、ネット上はガラガラ状態。
本当に閑散としていた。

私はこの仮想世界を賑わせることに不眠不休で取り組んだ。

その理由は?
遊ぶ金欲しさに始めたのではない

馬鹿げていると思うかもしれないが、
SF映画の観すぎと思われるかもしれないが、
頭がおかしくなったと思うかもしれないが、

その理由は、地球を救うため。

IT革命以前の地球はその情報伝達方法をペーパーベースで行っていた。
貴重な紙資源。
情報伝達のため紙を使いまくり、
そのため森林伐採に拍車がかかり、
そうすることで地球のCO2はどんどん増えて行くことになる。

そのことにより地球温暖化が進み
北極や南極の氷が溶け始め10年後には海面が1~2メートル上昇すると予測されていた。

そうなると海抜ゼロメートル地帯はもちろん、
東京湾に面した地域も海に沈むことに。

私は一刻も早くITを広めねばと思った。
これが私の原動力。

いずれもそのためにITに関わることを徹底的に勉強した。
今言われるSEOに関しても、そのような言葉すらない頃から勉強していた。

今は、自分のHPやブログのアクセスを上げるために
様々な方法を使っておられるようだが、
正直私は興味ない。

いや、まったくSEO対策していないわけではないが、
私の場合一度タグを入れたら大概それでおしまい。
そんな小細工をするより、私のHPの文章を読んで欲しいと、ただそれだけ思う。

私としては、少しでも心のこもった夢のあるHPにしていきたい。

先日、某会社から電話があり、貴方様のHPは検索エンジンでの順位が低いから当社でキーワードを考えさせて頂くと言う内容だった。
内訳は10キーワードで月々2万円を2年契約。
いわゆる48万円を分割払いする形になる。

お断りした。

何故、太極拳を全く知らない人間にお金を払ってまでキーワードを考えてもらわなくてはならないのだ?

そもそもキーワードは頭で考えるものではなく、
心で考えるものだと思うし、
自分の口から出てきたその言葉そのものがキーワードなんだ。
心のないキーワードを使って動員したところ、心がないことがバレるのは時間の問題。
それって人を騙していることにならないか?

前にも話したが、私は言いたいことしか書かないし、必要なことしか書かない。
そういう裏から手を回す的な手段が好きではないのだ。

先日、体験に来られ入会された方がこんなことを話してくれた。
「HPで感じた印象とほとんど違いがなかったので迷わず決められました」と。
これこそが私が願っていること。

レストランのメニューを見て注文したら、
「想像していたものと違った」なんて経験はないだろうか?

コソコソしない。
太極拳を通して人類に良い影響を与えることを広めようとしているのだから堂々とやっていきたい。

これが私が真面目過ぎると言われる所以だが、
残念ながらこればかりは生まれつきだから仕方ない。

そのような訳で、これからも心のこもったHP作りをしていこうと思う。

*****

最近重い内容ばかりになってしまっているが
今度は軽い内容にしたいと思います(汗)

2016年10月26日水曜日

火のように

とろ火の場合、調整が難しい。

消えるか消えないか。
風が吹けばたちまち消えてしまう。

今の私は意識的にとろ火にしている。

なぜそうしているかというと、強火だと焦げてしまうから。
この調整が実に難しい。


火は、風に弱く、水にも弱い。

しかし火力が強ければ、
少々の風や、水にも負けず燃え続けることが出きる。


昨夜、立禅で瞑想中に見たビジョン。
それはまっすぐに燃える炎。

楊式太極拳は水にも風にも例えることができるが、
火に例えるならまっすぐに伸びる炎。

炎を揺らさずに動くことができるか?

そんな自分になりたい。

2016年10月25日火曜日

いつでも気軽にお越しください

たまたま調べ物をしていたら、
ネット上で当会のことを書いておられる板を見つけました。

当会はまだ始まって3年半程の若いサークル。

伝統スタイルを継承しつつも、
状況を見ながら様々なことを試験的に取り組んでいます。

無論、会員さんの健康を第一に、尚且つ楽しんで頂ける環境作りをです。

人の噂程あてにならないものはありません。

当会に興味がおありなのであればいつでも気軽にお越しください。
体全身でその空気を感じて欲しいです。

喜んでお待ちしています。

2016年10月24日月曜日

三昧への道

三昧(さんまい)とは雑念が一切なく精神集中が深まりきった状態。

悟りの境地に達することができ、
すべてが理解でき、
全く恐れのない世界。

例えようのない幸福感だけに満ちた世界。

この世界に辿り着くのは知識だけでは不可能。
厳しい修行を積んだものだけが達することのできる境地。


不要なものが消え、
それらが全く見えなくなり、
必要なこと、欲しいものを猛烈な速度で引き寄せる。
奇跡奇跡の連続で鳥肌が立ちっぱなしに。


いつしか私は雑念に囚われ、
気が付けばこの世界に舞い降りてきてしまい
また妄想に囚われている。


今は意識を集中するため考える暇を失くす努力をしている。

スマホ、パソコン、ゲーム、テレビ、DVD・・
これらのものがちっぽけに感じ、

他人の行動が気になったり、人を羨んだり、妬んだり・・
これらが完全消え失せる。


だから私は立禅を行う。

姿勢を正し
息を整え体を極限までゆるめる
そして・・・


またあの世界に戻りたい。

これが私の目標であり原動力。

2016年10月23日日曜日

つくらない飾らない

套路を練る前考えること。

良い演武をしよう
美しく演じよう
上手にやろう
カッコよくやろう

そのようなことは一切考えない。

思うことはただ一つ。

溶けたい。

それだけ。

2016年10月21日金曜日

リンクが消えました

先日突然、リンクが全部消えてなくなってしまいました。

すぐに修復作業にとりかかったが何度行っても復活できず。
どうやら完全に消えてしまったよう。

いずれも、今の私は心の中では山籠もり状態。

良い意味で今までたくさんの方々に刺激を頂いてきたが
今は内功と自分の仕事に専念したいと思います。

何故、急にリンクが全部消えてしまったか原因不明だがこれも起こるべくして起こったと捉え
私のことや当会のことを頻繁に書いてくれている弟子のブログだけリンクを貼っておくことにしました。

今まで私に力を与えてくださった方々に心から感謝します。
今の自分があるのは皆様のお蔭です。

2016年10月20日木曜日

推手も禅、散手も禅

太極拳は一体何の部類に入るのだろう?

格闘技?
武道?
武術?
舞踊?
芸術?
スポーツ?
健康体操?

説明する時にいつも困る。
しっくりくるジャンルがないのだ。

もちろん太極拳は武術なのだが、
近代武術はスポーツとして解釈されていることを考えるとそれもまたしっくりこない。
(あくまでも私の中では)

私の場合、太極拳は「禅」だと思っている。

禅とは?

頭を空にして、
気を丹田に沈め、
煩悩(ぼんのう)を解き放つこと。

煩悩とは妄想や欲望のこと。

私の経験上、頭で物事を考えるとロクなことにならない。
といったら言い過ぎかもしれないが、
少なくとも套路を練っている時に考え事をするとどこをやっているのか解らなくなる。

簡化太極拳であれば繰り返し動作がないから、演武している最中迷子になることはないだろうが、
伝統太極拳の場合は繰り返し動作が多いから、集中が切れるとどこをやっているのかわからなくなる。

いわゆる伝統太極拳は集中力を試されているのだ。
逆に言えば集中力を養っているともいえる。

集中とは読んで字の如く真ん中に集まるということ。
真ん中とは?
丹田。

何が集まるのか?
私の解釈では気。

丹田に意識を集める。
すると気が集まる。
それこそが集中している状態。

推手の時も考えると、相手に崩されやすくなる。
相手の素早い攻撃を脳で処理して対応しようとしても決して間に合わない。

散手の場合は、考えると技が出なくなる。
技の練習をする時は、まず自分の中で套路の中の技の動きをイメージする。
「上手くやろう」とか「上手くできるかな」とか余計なことを考えると失敗する。
これ即ち煩悩。

とにかく何も考えず自分に任せる。

こうして考えると、推手も散手も禅なのだ。

太極拳。
またの名を「動禅」と言う。

太極拳は禅なのだ。

2016年10月15日土曜日

日本人として

武術とはかけ離れたようなタイトルになってしまったが

私が半世紀以上生きてきて、
70種以上の仕事に携わってきて、
世界をいろいろ旅してみて、
いつも思うこと。

日本人に生まれて良かったと。

日本で生まれ
日本で育ち
そして日本人の精神を学んできた。

まだまだ未熟な私だが日本人としての誇りを持っている。

私は縁あって、今は太極拳の講師をすることになったが、
中国武術といえど、私は日本人。
どう頑張っても中国人にはなれない。

私はアメリカにも憧れたことがあったがどう頑張ってもアメリカ人にはなれない。

日本は古来から東西の国々から影響を受け今の文化が成り立っている。

私が今まで感じてきたように東洋文化に憧れ
そして西洋文化にも憧れてきたのだと思う。
当時の建築物やファッションを見ればわかるとおり。

いま目にしているほとんどの建物、車、家具、電化製品・・
これらすべて西洋文化ではなかろうか?

そうかといえば、寺があり、禅があり、
そして葬祭の9割以上が東洋から渡ってきた仏式で行われる。
祝い事も、建国記念日があれば、クリスマスや、最近ではハロウィンまで。

日本にいると世界中の文化を楽しめる。

それに
日本が世界から最も憧れられるものは?

それは四季。

日本には四季がある。

夏は海で南国気分を味わえ、冬は雪の上でスキーを楽しめる。
こんな贅沢な国はないのだ。

どんなに夏が好きといってもずっと夏だったらどうだろう?
暑さには慣れるだろうが夏の有難みはわからないだろう。
そうかと思えば、夏を憧れずっと寒い中で生きていかなければいけない国だってある。

私はカナダに住んでいたこともあるが、
カナダの人口のほとんどはアメリカの国境付近だという。
少しでも温かいところへということらしい。

いずれも、日本に住んでいると東西からの刺激と四季の刺激を得ることが出きる。
日本人が世界一努力家であることはこのことが大きいと思う。

世界地図で見ると本当にちっぽけな島国なのに、
世界が最も恐れる大国、ロシアとアメリカを相手に闘っている。
勝ち目がないと解っていても
真を貫き通すために闘ってきた戦士たちの想いはどのようなものだったのだろう?

話が大きくならないうちに本題に入りたいと思う。

私が太極拳に関して思うこと。
太極拳もまた日本に適したスタイルがあるということ。

日本の武道を見ても、どれもシンプルで力強い。

剣術と剣道
少林拳と空手
太極拳と合気道

比較すれば歴然。

先程お話しした通り、生まれ変わりでもしない限り日本人が中国人になることは出来ない。
それよりも誇り高い日本人なのだから日本人として太極拳を捉えてもいいのではなかろうか?

日本の技術は世界でもトップレベルと言われる。

日本人は東洋文化と西洋文化をうまく取り入れ、
日本人の気質に、四季があることが後押しし、
日本風に作り変えるのにとても優れているからだと思う。

どの国に行っても日本車が走っているのがその証拠。
燃費が良く性能が良いからだ。

だから太極拳も日本の武として進化しなければならないと思う。

中国武術の技巧的な技に日本人の心、精神を吹き込みどんどん磨きを掛ける。
そして完成したものが日本ならではの最強の太極拳になると私は信じる。

そんな無謀な夢を抱きながら今日もまた修行に励もうと思う。

2016年10月12日水曜日

なぜ立つか?

もう何度この話題をとりあげたか覚えてないが、
とにかく今は立つことが一番楽しい。
最近、套路を通すことはほとんどない。

立てば立つほど、
太極拳が太極拳になり、
形意拳が形意拳になる。

立つのは美しい演武をするためではない。
これは実践者でなければ決してわからないと思う。

立てば立つほど力が増す。
筋トレをしなくとも、
立つだけで、パワーが増す。

立つ時に意識すること。
いろいろあるが、
一番大事なのは〝立とうとしないこと”
だろうか?

植物や木は立とうとして立っているのだろうか?
立とうとしなくとも、自然と地に根を張り、そして天に向かって真っ直ぐ伸びていく。

植物や木は自分自身を支えるための筋肉はない。
なのに立っている。

軸で立つこと。
これ即ち、自然に最も近いカタチになるということ。

人間の知能が高まるのは立って歩けるようになってから。

二本足で立とうとすると自然と足の裏は地に繋がろうとする。
そして頭上は自然と天に向くことになる。

天と地に繋がる感覚。
これほど気持ちいいものはない。

2016年10月10日月曜日

心によってもたらすもの

昨夜、帰宅したのは日付が変わってから。
終電近くの電車はほとんど座ることが出来ないので立ちっぱなし。
クタクタになって帰ってきた。

午前から大阪に向かい、新しい練習場所の見学と契約手続き。
その後は、2時間個人レッスンの指導をし、天満で大阪稽古指導。
終わってからかるく一服し、その後は終電近くまでポスティング。

天満と言えば飲み屋街。
土曜の夜ともなると、すごい人だかり。
あちこちのお店からワイワイガヤガヤ楽しそうな声が漏れ、
その中をかすめながら、スタッフのMさんとポスティングに向かう。

人が遊んでいる間もこちらは仕事。
もうここ数年、飲みに行ったり遊びに行ったりしていない。
(まあ、そもそも私は飲めないのだが・・)

とにかく、一人でも多くの人に太極拳を伝えたい。

なぜそこまでして太極拳を伝えたいと思うか?
それは私が太極拳を始めた理由。

一日中パソコンに向かって仕事をしていたことによりどんどん体力が衰え、
それと同時に精神力まで衰えて行くのがわかった。
気がつけば仕事三昧で、30代にして5分と歩けないほどの体に。

その時に出会ったのが伝統楊式太極拳。
始めてからというもの私はみるみる体力と精神力を取り戻した。

もし私が楊式太極拳と出会ってなければ病気で死んでいたかもしれない。
それほど私の体はガタガタだった。

私にとって一番辛いことは人が苦しむこと
病気。

病気で苦しんで欲しくない。
31年の闘病生活を送ったから病気の辛さはよくわかる。

残された人生を楽しく過ごして欲しい。
笑いながら死んで、あの世に行っても笑って過ごして欲しい。

体調が悪いとか、怪我をしたとか聞くと辛くなる。
元気になって欲しい。

だから、私は自分が元気を取り戻した楊式太極拳を一人でも多くの人に広めたいと思っている。

そんな想いもあり、今回、三国志祭りで行った楊式太極剣のPVをつくった。
撮影時間は恐らく2時間分はあろうかと思う。
その中からひとつの作品につくりあげるため様々なシーンを拾い出し、
それを音楽に合わせ繋ぎあわせた。

制作時間は約10時間。
食事をとることも忘れる程熱中して作業に取り組んだ。

あのPVはウケ狙いでも、自己満足のためでもない。
今回共演してくれたMさんへのご褒美でもあったが
とにかく、一人でも多くの人に楊式太極拳の素晴らしさを伝えたかった。

心に伝わるもの。
決してカタチやテクニックではなく。
ハートを感じて欲しかった。

私は基本的に心が動かなければ動かない。
仮に、100万払うからPVをつくってくれといわれても心が動かなければ断っていただろう。

心が動かないことはしない。
それが自分なりの生き方なんだ。

前事業で頑張っていた時、知人である見込み客にこんなことを言われた。
「お前は真面目過ぎる」「もっとうまくやれ」と。

私は言い返してやりたかった。
「真面目で何が悪い!」と。

その後私の事業は小さいながらも成功を遂げ
その頃、ある仕事仲間からある依頼を受けた。
会社を立ち上げるからシステムを作って欲しいと。
報酬は1000万は出せるとのことだった。
私は迷わずその場で断った。

もしかしたら私は大馬鹿なのかもしれない。
その1000万円があれば新事業を始められたかもしれない。
しかし私がその会社を手伝うことは、私自身のグループを裏切ることになる。
だから断った。

1000万円もらっても自分自身に嘘をつくのは嫌なんだ。

話は変わるが、
音楽活動をしていた頃、自分たちの音楽を世の中に広めたい一心で毎週のように新宿駅前でストリートライブを行った。
発電機2台を導入し大音量のロックサウンドを新宿の街中に轟かせた。

今では東京でのストリートライブは違法となってしまったが、
実は密かに私は責任を感じている。
その後のストリートミュージシャン達に対し申し訳ないことをしてしまったと。。

いずれもその時に集まってくれた一人のリスナーが言ってくれたことを20年以上経った今でも忘れない。

「魂を感じた」と。

まさにそうだった。
自分達は音楽を聴いて欲しかったのではない。
ハートを感じて欲しかった。

実は今でもそれは変わらない。
上手い演武をしたいんじゃない。
演武を通して生きざまを見て欲しいと思っている。

生きることに真剣であること。
人々を救うことに真剣であること。

何人かの会員さんは「先生についていきます」と言ってくれる。
またある会員さんは「春日が愛おしい」と言ってくれる。
「何でもっと早く入会しなかったのか後悔しています」と言ってくれた会員さんも。

これらの言葉が私にとってどれほど励みになるか。

私もまた「春日を選んで良かった」と死ぬ間際に言ってもらいたいと思っている。
それが自分の使命だと思っているから。

私にとっての休日はまだまだ先になりそうだ。

***

ここまで読んでくださってありがとうございます。

伝統楊式太極剣PV 「もう一つの神話」

2016年10月4日火曜日

当会が伝統スタイルに戻した理由

当会を立ち上げた3年半前、
「今までにない楽しくも実践的な太極拳サークルをつくろう!」という想いで始めた。

時代のニーズに応え、やさしく体に負担の少ない楊式太極拳をベースとし、気功、基本功などを行いながら、同時に推手と散手を取り入れた。

実際私が伝統教室で習った散手は楊式太極拳の技ではなく、他の柔術系の護身術。
確かに実戦的だが、楊式太極拳の技を生かさなければ勿体ないと考えた。

しかし、太極拳と言えどその戦術はかなりえげつない。
目をえぐったり、鼓膜を潰したり、後頭部を打ち砕いたり、顔の皮は剥ぎ取ったり、肘や膝などを砕いたり・・残酷極まりない。

又、もっと恐ろしいことに、これら外傷だけに留まらず、勁を使うので、内部を破壊することができる。
心臓、腎臓、膀胱、腸、胃、肺などあらゆる臓器にダメージを与え破裂させてしまう。
出血量が多ければ致死量に至るということになる。
非常に恐ろしい。

いずれもこれらは生死を掛けた戦いの場面で使われる戦術で、護身術としては向かない。
護身術では相手に戦意喪失させることが目的。
大怪我どころか命にかかわるような技は絶対使ってはならない。

だから、当会では相手に重度なダメージを与えるような攻撃を省き、
護身として使える技の研究を行っている。
太極拳で体を鍛え、太極拳で身を守る。
これが当会のテーマ。

さて、話が脱線しないうちに戻すことにする。

立ち上げ当初は、楊式太極拳が終わったら、刀、剣、双辺太極拳の3つから選べるようにしていた。
それが今風だと思ったから。

しかしやってみて解ったことは、やはり徒手(素手)での練習をしっかり練ることが大事だということ。
楊式太極拳をさらっと覚え、すぐに武器を持っても、なかなか使いこなせない。
武器を持つことは誰にでも出来るが、それはあくまでも持って振り回しているだけで、正確に言えば振り回しているのではなく振り回されてしまう。

武器は手の延長と言われるが、いわゆる体の一部にならなければならない。

私は元ベーシストだが、楽器が体の一部にならなければ自分のハートをそのままサウンドにすることはできない。
これと同じように武器も体の一部にならなければ思いのままに操ることは出来ないということ。

だから伝統形式に戻すことにした。
ちょっとやっては飽き、次々とおもしろそうなものに手を出してしまう。
そんなことを繰り返していても、本当の武術の身体操作法を身につけることは出来ないし、
本当の意味での勁を知ることはできないと思う。

勁は美しく演武するための力ではない。
私が思う勁は、この力が相手に伝わるとどうなるかと考えさせられるチカラである。

私としては本当の武術を身につけて欲しい。
しかも現代版の武術として。

今は昔とは違う。
素手や刀を剣を振り回して戦うことなどない。
内乱では飛び道具で戦い、国同士では爆弾やミサイルを使用する。

飛んできた球やミサイルを化勁でかわすことができれば別だが、そんなことは100%無理。

自分に出来ること。
身近なトラブルを自分自身で守る。
それが護身術。

徒手をしっかり練り上げ、武器が使えるようになれば手に持ったものはなんでも同じになる。
カサだろうが、ハンドバッグだろうが、ベルトだろうが、杖だろうが。

武器は手で扱うものではない。
それを覚えるために徒手をしっかり練り、そして武器術を覚える。

これこそが現代風の本物の武術の教えだと私は信じる。

体の使い方、丹田の使い方を身につけることが大事。
3年半指導してきてそういう考えに至った。

もし武器をやりたかったら、それは〝お楽しみ”としてとっておいて徒手を頑張る。
そうすることで自然と基本が身に付くということ。

これが私なりの会員さんへの思いやりであり愛情だと思っている。

2016年10月3日月曜日

ありがとう

待ってくれてありがとう。
解ってくれてありがとう。
応援に来てくれてありがとう。
声をかけてくれてありがとう。
協力してくれてありがとう。
立ててくれてありがとう。
頑張ってくれてありがとう。

昨日はたくさんお礼を言いたくなる日だった。


10月2日
私にとって4度目になる三国志祭り中国武術大会

初回はJ老師の生徒として一人で出場させて頂き、とても良い経験をさせて頂いた。
そして仲間達と一緒に同じ舞台で頑張れたことが嬉しかった。

二度目は会の代表として一人で出場した。
自分の会の名に恥じない演武をしようと思っていただけにそのプレッシャーは大きかった。
J老師も仲間達も私の演武を賞賛してくれ、そして勇気を頂いた。

三度目はJ老師の教室で出会ったMさんと二人で初の共演に挑んだ。
Mさんもまた会の名に恥じない演武をするため今までの娯楽を全てキャンセルし
唯一の余暇をすべて武術稽古に注ぎ頑張ってくれた。
J老師ご夫妻が心から賞賛してくださり、またもや勇気を頂いた。

そして四度目の昨日。
武術仲間達が私達を応援しに来てくれた。
何かのついでではなく、わざわざ私達のために来てくれた。
本当に嬉しかった。

Hさん、最後まで応援してくださってありがとうございます。
すぐに動画もアップしてくださり、何度も何度も繰り返し観させて頂きました。

そしてAさん、声をかけてくださって本当に嬉しかったです。
お花もとても嬉しかったですが手書きのメッセージがとても心に染みました。
こんな気まぐれで書いているようなブログをいつも読んでくださり本当に感謝です。
私の内面を評価して頂けたことが何より嬉しかったです。

サークルの皆さんも遠くから駆けつけてくれて嬉しかったです。
応援に来てくれたことも嬉しかったが、今までの私のことを理解してくれたことも嬉しかった。


私はこれまで講師としての下積み期間として試合や演武会に一人で挑んできた。
自分にとって真剣勝負であり、遊びの要素は微塵もなかった。
試合に全身全霊で挑みたかったし集中したかった。

だからサークルの皆さんには大変申し訳ないと思ったが、来場はご遠慮頂いてきた。
「先生の演武を見たい」「応援に行きます」という有難い気持ちを返すようで辛かったが、
一人一人、丁寧に私の心境や理由を伝えた。

そのことを理解してくれたことが嬉しかった。
本当に良い仲間に出会えたと思った。

その後私は自分が目指そうとする演武に矛盾を感じ、競技太極拳を辞める決心をした。
理由は今まで何度か話した通りである。

そして今度は私が会員の皆さんを舞台に送り出す側になろうと。
私にとっての準備期間を待ってくれたこと、
やさしい仲間に出会えたことに心から感謝したい。


今年もまだ2ヶ月以上あるが
今の時点でも本当にいろんなことがあった。

今年始まってしょっぱなから出鼻を挫かれるような出来事が続き、
その後のサークルの運営危機、
全日本では小数点差での敗退、
近畿大会でもまさかのミスでメダル逃し
ようやく仲間が増えてきた森ノ宮クラスの急なクローズ、
その他にも個人的なトラブルの数々・・
とことん叩きのめされた。

しかし、そんなことがあるたびに良い出会いがあり、仲間との結束力が強くなったことを感じた。

それに、大阪では場所が変わっても辞める人はひとりもいなかった。
場所が森ノ宮から天満のスタジオに変わり、2~3人ぐらいになってしまうのでは・・
と最悪のケースを予想していたが、その予想は見事に裏切られた。
その場所で待っていたのは仲間全員の笑顔だった。
本当に嬉しかった。


昨日は出場者の方々からも温かい声をかけて頂き、とても楽しい時間を過ごすことが出来た。
そしてなにより主宰者の先生の力強い志にとても共感を得た。

本当にありがとうございました。
これからも頑張りますのでよろしくお願いします。