2014年10月28日火曜日

パワーをためる

形意拳の練習主体になってくると、どうも悪い癖がでてくる。
ついついパワーを出そうとして力んでしまうのだ。
そしてすぐに疲れてしまう。

疲れるとやる気を失い、
その結果練習不足になる。
なんとも悪循環だ。

ということで、形意拳を太極拳のようにゆっくり練習する。
ゆっくりだけではなく
形を作ろうとせずにできる限りの力を抜いてやってみる。
傍からみるとかなり不恰好に見えると思う。

が、そんなことは関係ない。
大事なのは同じ時間を使うのにも練習成果を出すことだから。

こういう練習をするとおもしろいことが起きる。
体が疼いてくるのだ。(笑)
これこそが太極拳をゆっくりやる意味のひとつだと悟った。

ゆっくりやればやるほど、どんどん体内にパワーが溜まってくる。
発散することができないエネルギーだ。

ためてためてどんどんためていくと、どんどん体が熱くなり、
そしてじんわりと汗をかき、
不思議なほどリフレッシュ感を味わえる。

大きな力を発するためには、ためなければならない。
だからこそゆっくりゆっくり動いてパワーをためる。

さて、
それが炸裂するとどうなるんだろう?

2014年10月24日金曜日

最高のドクターは自分自身

うちの会員さんが背中を痛め、今整体に通っている。
他にも当サークルに参加しながら整体に通っている会員さんが何人かいる。

私も何度かお世話になったことがあるし、
確かに指圧やマッサージをしてもらうととても気持ちがいい。
しかし、その後すぐにまた同じ痛みが起こる。

なんでもそうだが、依存してしまってはいけないということ。
その場で気持ち良いからといって、その後また悪い姿勢を続けると何度でも同じ痛みが起きるだろう。
整体師さんにマッサージしてもらったら、「今日を機に良い姿勢を心がけるようにしよう」と心がければそれはとても意味のあることになる。

私もいろいろ試したが、最終的に行きついた方法が、気功と太極拳。
気功はまず正しい姿勢が求められる。
姿勢を正し、体をゆるめ、ゆったりとした呼吸を行い、心を鎮める。
このどれが欠けても邪気を払ったり気のエネルギーを取り込むことはできない。

気がなかなか感じることが出来ない人の共通点。
それは集中力がなく、気が散漫になっていること。

気功を行う時は是非、その時だけでも頭と筋肉の緊張のスイッチをオフにして欲しい。
立ながら眠るような感じだ。
何か考えながら気功をしているのでは、学校で廊下に立たされているのとなにもかわらない。
気功は瞑想法のひとつなのだから。

人間の体はとても精巧にできている。
体に異常が起きたら、きちんと痛みとして信号を発する。
痛みを感じると人間はそこに意識が行く。
意識が行くとそこに気のエネルギーと必要な栄養が集まる。
人はこうして自ら病気を治して行くことが出来る。

治癒力こそ最高のドクターなのだ。

2014年10月16日木曜日

表演武術について

表演が大好きな人もいれば、表演に肯定的でない人もいるだろう。
私はどれも否定しないし、良いものはどんどん取り入れたいと考える。
人の数だけ考えがあるわけだし、私はその人が良いと思うものをするのが一番だと思う。

私自身は検定を受ける予定はないが、
だからといって検定を否定しているわけではない。
検定のために努力している人たちは美しい。
目標を持って頑張っている人の姿は輝いているし、心から応援したくなる。

そういえば、昨日ある会員さんが、練習方法によっては体を害することがあるという当会HPの文面を読んで不安を感じられ、それについて尋ねられた。
私の説明不足だった。。

太極拳が体に悪いのではない。
いくら健康に良い太極拳と言えど正しい練習方法を行わないと、腰や膝、筋を痛めることがあるということ。
これは太極拳に限ったことではない。
どんなスポーツでも同じこと。

そのために、当会では準備運動や鬆身法に時間を多くかけている。
会員さん達の健康を願ってのこと。
私は武術指導も行っているが本業は美容健康カウンセリングだから、美しい演武や強くなることの前にまず健康になって欲しいと強く願っている。

美しくなるためにも強くなるためにも徐々に体を慣らしていくことが最も重要だと。
泳げない人がいきなり冷たい海に飛び込めば、溺れてしまうばかりか心臓にショックを与えてしまうだろう。

話は変わるが、
昨日、別の会員さんに、表演について「どんな演武がしたい?」と尋ねてみた。
すると「美しい演武がしたい。でも舞踊のように見える演武ではなく武術として見える演武がしたい」とのことだった。

まさに私の目指すところ。
というより武術としての武術がそのまま美につながることを目指したい。
美だけを目指すと美のみになるが、
武術として目指せば強く美しくなれると私は信じる。

2014年10月13日月曜日

演武会を終えてみて

昨日神戸での表演を2ステージ終えて、ようやく一段落。

今回わかったこと。
やはり本番前に十分緊張しておいたほうが良いということ。

全日本の時は緊張しなさ過ぎて、本番になって緊張してしまった。
今回は前日までガチガチに緊張していたが、本番では緊張の糸がプツンと切れたようにリラックスして、自分らしく演武できた。
視線がたくさんあるのに、普段の練習どおりに。

バンド活動をしていた時も、仕事で大きな講演が控えている時もそうだった。
緊張しておけば、本番リラックスできる。
だから練習の時は大いに緊張すべきだと。

練習とは単に身体的なトレーニングだけではない。
気を練ったり、
それに本番に備えてのメンタル作りにもなる。

そういえば昨日、本番前、司会の女性と少し話をした。
今回まったく初めてなんです・・と緊張した笑顔。
そこにチーフ的な男性が歩み寄って気ってその司会の女性たちにこう言った。
「噛まずに喋ろうとしないように」
「むしろ噛んで喋ろうと思うように」と。

以前、私が講演の仕事をしていた時と全く同じだ。
始めて人前でスピーチする人に対し同じことを言っていたのを思い出した。

「上手に喋ろうとしないように」
「どれだけ下手に喋れるかやってみよう」と。

表演でも同じこと。
上手に演武しようなどと思わないこと。
むしろ失敗するぐらいの気持ちでやればいいんだ。

表演が苦手な人はきっと、人前で演武するのが怖いのだと思う。
私だって怖い。
でも怖いからこそやりがいがあるのだ。

いずれもやり終えた後の達成感と解放感はかなり素晴らしいものがある。



2014年10月11日土曜日

目標をもつこと

今日、練習場で施設の苑長さんと少し話をした。
苑長さんは剣道有段者で県代表に選ばれているという。

私も選ばれているわけではないが、明日の演武会に奈良から出場するのは私ひとり。

苑長さんが言う。
正直大変だと。
私もそうだ。
正直しんどい。

周りの人はさぞかしイベントに出る私達のことを、やりたくてやっていると思っているかもしれないが、
本音を言えばいつだって逃げ出したい。
人前で演武する以上はマイペースではダメなのだ。
ベストペースで努力しなければならない。

輝いている人は陰で相当努力をしている。
挫折~悔しさ~発奮~努力~喜び~感動
これの繰り返しだ。

しんどくたって、辛くたって、練習を休むわけにはいかない。
しかし、その先で得られることはとても大きい。

目標を持ってる人とそうでない人とではぜんぜん違う。
目標を持っている人間は強い。それに輝いている。
少なくとも私はそっち側でいたい。

練習で疲れ切ったこの体が明日どう動いてくれるか?
自分にも解らないが、とにかく悔いが残らないよう最善を尽くしたいと思う。

2014年10月10日金曜日

頭打ちをどう克服するか?

楊式刀をこよなく愛し6年目になろうか。
今夏の全日本大会までは自分なりに良くなっている感触があったが、
最近めっきり頭打ち。。

この状況をどう克服するか?
自分の心に聞いてみると、どうやら倦怠期のようなものに入っているような気がする。

決して今の演武に納得しているわけではない。
いや、まったく納得していない。

問題は「やる気」だ。
腹から湧き出すようなパワーが出ない。

やる気を出すために、先生方の動画を観たり、刀の手入れをしてみたり、今までの実績を振り返ってみたり、新しい練習着やシューズを買ってみたり・・

とまあ、ブログを書きだせば答えがみつかるかと思ったが、どうやら見つかりそうにない。
このまま自然に体をゆだねるとしよう。

明後日は神戸のイベントで2ステージ楊式刀を披露しなければならない。
本番に弾けるようなパワーが出せるか?
今夜はベッドに入ってからイメトレをしてみるとしよう。