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2025年10月16日木曜日

太極拳によって変わる

 ゆっくり動かなければ気づけないことが山ほどあります。

会員の皆さんの稽古風景を見ていると、中にはゆっくり丁寧に動いている人もいますが、その多くは動きが速く、雑になってしまっています。
おそらくそういう人は、日常生活でも動きが雑になっているのではないでしょうか。

私は太極拳を始めてから、日常生活での動きも丁寧になりました。

急な動きをしない。
ゆっくり動く。
合理的に動く。
最小限の力で動く。
無駄な動きを省く。

といったことです。

恐らく、太極拳を始めた皆さんは、健康のためだけでなく、生活や仕事の中でも良い習慣に変えたいと思っているのではないでしょうか。
それなのに、太極拳を今までの日常の動きと同じように練習してしまっては本末転倒です。

そうではなく、太極拳を始めた今だからこそ、一式一式を丁寧に動くのです。
もっと言えば、太極拳は「掤・捋」から「発勁」まで連綿とつながって動くことが大切ですが、たとえば「掤・捋・按」であれば、その一つひとつを丁寧に動くことで、さらに動きは変わってきます。

「自分の動きが一向によくならない」

そう感じている人は、練習方法に原因があります。

速く動いてしまうのは、眺めの良い景色を猛スピードで駆け抜けてしまうようなものです。
それでは、景色を楽しむことはできません。
しかし、ゆっくり進めば、「こんなところにも」「あんなところにも」良いポイントがあることに気づくでしょう。

ただ闇雲に速く動く練習には、何のメリットもありません。
今日から、ひとつひとつをゆっくり丁寧に行ってみましょう。

套路の中には、宝がたくさん埋まっているのです。




2025年8月11日月曜日

推手が伸びない言葉

推手をやって、もし相手に負けたときに
「自分は弱い」と思っている人は伸びません。
逆に「相手は強い」と思える人伸びます。

何が違うかと言うと、
前者は自分ができていないこと、
いわば自分のことしか考えていないのです。

ちなみに、自分の弱さを隠すために強がっているのも同じです。

しかし後者は相手が強いと言うことを認めている。
相手を受け入れている。
即ち、相手の強さを学ぼうと言う気持ちがあると言うこと。

私の場合は、他人と推手交流した際、
相手が強い時は素直に強いと認めてきました。

「強いですね」「凄いですね」「流石ですね」「参りました」

こんな具合に。

逆に、
「なんで、自分は弱いんだ」
「なんで、崩されるんだ?」
「なんで、ダメなんだ?」
こんな風に思ったことは今まで微塵にもありません。

この「なんで」という言葉が出る理由は今の自分に依存しているから出てくる言葉です。
今の自分に対し「なんで」と思っているわけです。
今の自分は勝てないのだから、勝てるわけないのに、
全く意味のないことを思ってしまっているわけです。

そうではなく、これからの自分はどうなんでしょう?

未来の自分は?

もしそう思えるなら、「なんで」という言葉は絶対出てこないはずです。

私は今まで60年以上生きてきて、
「なんで」という言葉を口にする人で、
勝ち組の人、成功した人をみたことがありません。
それぐらいこの言葉は自分の成長を止めるNGワードなのです。

私は相手と推手して、相手が圧倒的に強い場合、
相手を認め、受け入れ、そして賞賛します。
それと同時に相手の強さ(技や勁)を可能な限り盗みました。

同じことをやっても伸びる人と伸びない人の違いです。

相手を認めれば成長できる。
自分のことばかり考えている人は成長できない。

これに尽きます。

私は今まで多くの人を受け入れ、そして認めてきました。
その結果が今の自分です。

もちろんまだまだ自分では未熟だと思っています。

だからこれからも先輩方の実力を素直に受け入れ、認め、
そして多くを学ばせて頂こうと思っています。

「謙虚な心こそ最強」なのかもしれません。


2025年4月19日土曜日

負ける気で挑め

 今日、弟子にいくつかのことを教えました。

「力を使うな」
「相手のペースにのるな」

この二つです。

歴の浅い人はどうしても力を使ってきます。
その力に対し力で対抗していては
いつまでたっても太極拳を知ることは出来ません。

「負ける気で挑め」という感じです。

だから、「力を使うな」と
「相手のペースにのるな」は同じ意味なのです。

太極拳では、力を使わず見えない力を使う。
これが「用意不用力」の意味。

(具体的には丹田を使いますが、長くなるので今回は割愛)

また「相手のペースにのるな」と言っても自分本位に動くことではありません。
相手のペースにのらないためにも「相手に合わせる」のです。

これを捨己従人(しゃきじゅうじん)と言います。
己を捨てる。
我を捨てる。
無我無心の状態になる。

とにかく、何も考えないこと。

そして、その結果が引進落空(いんしんらっくう)となります。

相手はいつまで立っても空を打つことになります。

これらの動きはすべて自分がコントロールしている状態です。
相手のペースではありません。

太極拳で是非とも身に付けて欲しい力です。

とにかく今日を限りに力を使わないと誓いを立てることです。

そうすれば自分の太極拳が急激に進化します。

#脱力 #ゾーンに取り込む #捨己従人 #引進落空 #用意不用力



2025年3月29日土曜日

からをわる

丹田は誰でも感じることができます。
感じることが出来ないのは感じようとしていないだけ。

また、感じることの妨げになっているのは、丹田を覆う殻があるからです。

その殻は…

力み、恐怖心、虚栄心、羞恥心、頑固さ、雑念、エゴ、コンプレックス、過剰思考、固執

等など。

すべて煩悩です。

これらが自分の可能性を塞ぎこんでしまっているのです。

それでも、これら煩悩と共に生きたいでしょうか?
私は経験の中から必要のないものだと悟りました。

丹田はたまごのようなもの。

丹田を開放し、自由になり、自分の可能性を広げたかったら、
単に殻を割るだけでいい。

思い切って割ってしまえばいいのです。

すると体がスッと軽くなり、
心がキラキラ輝きだし、
丹田のパワーを感じることができます。

捨てられないのなら、割ってしまえばいい。

毎日指導していて、そう思うことが多々あります。

私はそれを言葉で指導することもありますが、
どちらかといえば態度で示しています。

指導する時は先生らしく振舞うのではなく、自分らしく振舞っています。
いわゆる素のままです。

「先生らしくない」と思われるかもしれませんが、
言葉巧みに指導するより、
「見せる」ことが私にとって最高の指導だと思っているからです。

太極拳で新しい世界を見たいと思うなら、
殻を割る。

そして自由になって欲しいと思います。



2025年1月16日木曜日

聞く、やる

今日はちょっと驚いたことがありました。

入会して半年僅かのTさんの気功の動作を見ていたのですが、
姿勢がとにかく綺麗。
背中が真っすぐ伸びており、どの動作をしていても崩れないのです。
私が知る限りこれほど早期に姿勢を獲得した会員さんは初めてです。

後に他の指導員に聞いた話、
先日、検定対策講習会で合格必勝法をお話したのですが、
それを早速実践されたとのこと。
僅か30分程の講義でしたが、
私の講習会の話を聞いてとても感動されたとのことでした。

その方法は、
私が僅か半年間のトレーニングで初出場ながら全国大会入りした時のやり方。

私は必ず上達する方法を指導します。
それをすぐに実践する人もいれば、何年経っても始めない人もいます。
前者の上達スピードは圧倒的に速く、群を抜いています。

太極拳に限らず、私は今まで様々な試験や資格等に挑戦してきましたが、
先生や先輩のアドバイスは絶対に聞き逃しません。
そしてそれを必ず実践します。
そして、そのほとんどが早期に目標達成に繋がりました。

聞くも、
聞き流すも、
やるも、
やらぬも自由。

本気で上達したいなら成功経験者に習うことが一番なのです。



2024年12月28日土曜日

ただ真似る

昨夜中級クラス無事終わりました。
中級クラスでは、普通クラスの次へのステップとして用意されているクラスです。
普通クラスで行っている4種目に対し一定以上の力をつけたら参加出来ます。

私が太極拳を始めたばかりの頃、同様に4種目の稽古を行っていました。
先輩方の楊式剣の演武を見て「これやってみたい」と思ったのが当時最も意欲を掻き立てられた出来事でした。
同時に師に太極拳の技を掛けて頂いた時の感覚は、20年以上経った今でも鮮明に覚えています。
その不思議な技に驚き、完全に魅了されました。

その後は無我夢中で練習しました。
「早く先輩に追いつきたい」「早く先生に近づきたい」という一心で。

私は約半年で楊式太極拳の全套路を覚えました。

何をしたか?
実に単純です。

師の動きを真似る。

これだけです。

稽古に来るたびに「見ては真似見ては真似」の繰り返しでした。

太極拳をやっていると思わぬところで壁にぶつかることがあります。
しかしその壁は自分自身で作り出していた幻想であることに後で気づきます。
そもそも壁などないのです。

ある程度太極拳を経験した人はどうしても途中まで作った粘土細工に手を加える形で直そうとします。
その形が間違いであっても。
だから抜け出せなくなるのです。

ダメならやり直す。

これでいいのです。

これは逆を言えば「失敗を引きずらない」ということにもなります。

もし、今思わぬところで壁にぶつかっていると感じているなら、
ダメなことを引きずっていませんか?

ダメなものはダメなんです。

さっさと諦めて、また先生の動きをみて真似ればいいのです。
実に簡単なことなのです。

それなのに、どうしてハマってしまうのか?

それは自分を捨てらないからです。
今まで頑張ってきた自分が可愛いばかりダメな部分も残しておきたいという妙なトリックに引っかかってしまうのです。

もう一度言います。

ダメならさっさと諦めてやり直す。
師の動きを真似る。

これだけのことです。

そうすれば日々進化することができます。
時間を節約出来ます。
太極拳の世界がどんどん開けてきます。

そして同じ動きが出来るようになったら次は「師の空気を真似る」です。

太極拳で一番楽しいのはここからです。

2024年11月12日火曜日

自分を弱くする落とし穴

自信が亡くなった時、自分より弱い人を探すことがあります。

これは自分の弱さを誤魔化すために
相手より優位に立ちたいという心の表れです。

残念ながらこれをやっているうちは成長することができません。
当然です。
自分より弱い人を見て満足しているのですから、伸びようがありません。

強くなりたかったらどうすればいいか?

以前推手交流会でも伝えましたが、
強くなりたかったら強い人と出来る限り時間を共にすることです。

人だけではありません。
モノや情報、食べ物、全てです。
すべてをパワーのあるもので身を固めます。

テレビでネガティブなニュースを見て安心する人がいます。
対岸の家事の如く、自分事ではなく、
「自分でなくて良かった」と安心するのです。
本当にそれでいいのでしょうか?

弱い人を見て「可哀そう」と思ったり哀れんだりすることもあるでしょう。
しかしずっとそこに居てはいけません。
時間を共にした分だけマイナスパワーを受取ってしまいます。

気が付けばネガティブなものばかりを選んでしまう。
そして心がどんどん萎んでいきます。

なぜそうなったかは、必ずキッカケがあるのです。

自分の立場を確立するために、弱い者を選ばないように。

最近の言葉で言えば「マウントをとる」です。
実際に相手に対し言葉を掛けなくとも、
そう思っていること自体がマウントをとっているのです。

あなたが相手している人は本当に相手のためでしょうか?
もしかしたら自分のためかもしれませんね。
これって意外と気づかないものです。

強くなりたかったら強い物だけを観て、強くなるだけのことをする。

あなたが知っている著名人の中で、
誰でも良いので強い人を思い浮かべてみてください。
そういう人たちが弱い人を見て安心しているでしょうか?
いいえ、常に自分より強い相手を見ているはずです。

太極拳をはじめたのは、単に套路を覚えるためではなかったはずです。
最初の動機を見失ってはいけません。
「初心忘るべからず」です。

健康になりたい。
強くなりたい。
若さを維持したい。

そう思って始めたのではないでしょうか?

自分の周りを弱者で固めてお山の大将になってはいけません。
口に出さなくとも心の中でマウントをとることは
本当に意味で器の小さい人がすることです。

強く美しくなるためにも自分の周りをパワーのあるもので固める。

これは強くなるための鉄則です。

そうなれば弱い人を自分の比較対象としてではなく、
今度は実際に助けてあげることのできる人間になれます。

素晴らしいことだと思いませんか?



感情を味方につけよ

内家拳で大事なことは、相手を受け入れることです。

決して相手に抵抗しようとしてはいけません。

自分より大きな力を持つものに対しては、力では歯が立たないことを理解しましょう。
「大は小を兼ねる」です。

もうひとつ、内家拳で大事なこと。

それは自分自身を受け入れることです。
決して自分の心(感情)に逆らってはいけません。
稽古を続けていけば、確かに技術は身に付きます。
しかし、技術だけでは十分な力を出すことはできません。

人間には喜怒哀楽がありますが、
楽しいこと以外の感情が邪魔なものだと思っていませんか?
長年修行を積んだ武術家は、感情の使い方を知っています。

因みに喜怒哀楽とは、
人間に起きる自然な感情「喜び、怒り、悲しみ、楽しみ」のことになります。

実際、感情は4つだけではありませんが、
ひとまず喜怒哀楽の4つに絞るなら、ほとんどの人はこう感じるでしょう。

喜>心地よさ
怒>心の乱れ
哀>我慢
楽>すべてを忘れることができる

上記のような意識では、ただ今を生きているだけで、未来に繋がっていません。

私にとっての喜怒哀楽を端的に言えば以下のようになります。

喜>油断するな
怒>頑張り時
哀>頑張り時
楽>油断するな

嬉しい時や楽しい時はもちろんいい気分です。
しかし、同時に「油断するな」「慢心するな」という警告灯が点灯します。
ここで気持ちをゆるめてしまうと、あっという間に身に付けた力を失い、
転落してしまうからです。(何度も経験しました)

だから、こういう時は「油断するな」「次に繋ごう」と考えるようにしています。

また、怒りや悲しみに関しては、その感情に溺れてしまってはいけません。

人間に喜怒哀楽が与えられたのは、進化するためだと私は思っています。
怒りや悲しみを感じるのは奮起する時であり、
私が最も頑張れる時は、常にこの二つの感情が沸いている時です。

怒りを感じるから周りに当たり散らかす。
悲しいから何もしなくなる、我慢する。

これでは何も変わりません。

そもそも怒りを感じているのは、
自分や相手との格差やギャップを感じているからではないでしょうか?
怒りを感じるのは、この格差を埋める時であり、
そのために怒りという感情が沸いていることがわかります。

哀しみは人や物を失った時に起こる感情です。
生きていく上で失うことを避けることは絶対にできません。
受け入れるしかないのです。

そして、これらには必ずメッセージがあります。
難解な場合もありますが、意識していればその答えにたどり着くことができます。
(私はいつもそうしています)

失うということは、創造するために必ず必要な感情であることに気づきます。
太平洋戦争の後、日本が急速に復興し経済発展したのは、
「失ったから」だと理解できます。

失うことは避けられないことです。
だから受け入れるしかなく、受け入れるべきタイミングだと認識し行動に移します。

こんな風に、実力者は自分の感情を自分へのメッセージだと認識し、
それを活かしています。

沸き起こる感情を抑え込んではいけません。

とはいえ、感情的になるのは違います。
感情的になるのは、その感情がなぜ沸き起こるのかを理解しようとしていないからです。

とにかく感情を受け入れることが
自分を成長させてくれる鍵となることは間違いありません。

平穏でいることは確かに心地よいことですが、
自分の成長を望むのであれば、
多少の荒波に立ち向かう心が必要だということが解ります。

いわば、感情は自分を成長させるための強力な味方なのです。





2024年10月13日日曜日

太極拳に適した人とは?

太極拳に有利な体型はあるだろうか?

私が太極拳を選んだのは、
極度に体力が衰えていて、
こんな自分でも出来ることを探した結果が太極拳だったからです。

私の選択は大当たりでした。

太極拳を始めてから自分に自信が持てるようになったし、
体力も一気に復活した。

当時、体力をつけるために始めたが、
とにかく太極拳の世界に強く惹かれた。
寝ても覚めても太極拳のことばかり。

仕事中だろうが、
トイレ中だろうが、
お風呂の中だろうが、
手が自然と太極拳の動きになってしまう。

ある時はスーパーで、
コンビニで、
駅のホームで、
サービスエリアで、
公園で、
階段の踊り場で、

もうホントにどこでも太極拳をやりたくなる。

完全にドハマりしました。

練習しようなんて思ったことない。
そう思う前に体が勝手に動いてた。
起きている間はずっと練習だったわけです。

本当に好きになるってそういうことじゃないでしょうか?

「好きこそものの上手なれ」
という諺があるように、
上達したかったら好きになってしまえばいいってことです。

なかなか上達しないのは
心を開放してないから。

自分は、
覚えが悪い
頭が悪い
体が硬い
体力がない
体が小さすぎる
体が大きすぎる
歳だから

全く関係ないです!!

もうごちゃごちゃ考えるのはやめましょう。

考えたところで何のメリットもないし、
逆にデメリットしかありません。

そもそも太極拳は女性やお年寄りでも、
敵から身を守るために編み出された武術なのです。
だから体型とか歳とか関係ありません。

内乱が多かった時代、
うかうかしていると武器を持った敵が殺しにくるのに、
「歳だから」とか、
「体が小さいから」とか、
言っている場合でしょうか?

自分を守るため、
家族を守るため
とにかく闘わなければならないのです。

合気道の創始者である植芝先生は身長156㎝
またその弟子である名人塩田先生は更に小さく154㎝
それでも大男をかるく投げ飛ばします。

大きい人が強いのは当たり前。
小さい人が強いからカッコいいのです。

私のことを「手足が長いから見栄えが良く見えていいな」
と言われたことありますが、
本人はぜんぜんそんなこと思っていません。
逆に邪魔なぐらいです。
初速はは手足が短い方が圧倒的に速いです。

今日限り出来ない理由を考えるのはやめましょう。
なんのメリットもありません。
ただ時間を浪費するだけです。

毎日出来ることの積み重ね。

この辺のことは今まで散々語ってきましたが、
結局、変わる人は変わるし、
変わらない人は変わらない。

変わらない人は変われないのではなく
変えようという気がないのです。
そして、さらに変われない理由が、
自分では変わろうと思ってると信じ込んでいることです。

厳密には変わりたい自分が
変わりたくない自分によって引き止めてしまっているのです。

私はこれからも変わります。
つい最近の自分の行いでも
顔が真っ赤になるぐらい恥ずかしいと思うぐらいなのに、
そんな自分に依存する理由なんて1ミリもありません。

自分がこの世に生まれてきたのは進化するためだと思っています。
進化すれば見える世界も変わる。

アマプラやネフリなどで見るSFは所詮つくりもの。
しかし進化した自分がみる未来はホンモノです。

そんな体験が出来るなら、もうやるしかないと考えてしまいますね。

結局、太極拳に最も適した人とは
歳とか体力とか体型とかの差ではありません。

「太極拳が好きな人」です。

これが最強なのです。



2024年9月13日金曜日

若さ自慢

本日も朝から深夜までフル稼働でした。

花吉野での講座は今日は小人数でしたが、一人一人丁寧に姿勢を直すことが出来ました。

長年気功を実践するとどうなるかというお話と、
それによって丹田がどうなるかというのを手で触って感じてもらいました。

いつも言われることですが
「先生のお腹はゴムまりみたい」

突いても殴ってもゴムのように跳ね返され、逆に打った方が手を痛めることすらあります。
いつのまにかこのような腹になりました。

話は変わりますが、
当会で現在稽古に参加されている方で最年長は76歳のHさんです。
毎週他府県から往復4時間掛けて稽古に来られますが、そのことを全く苦にすることもなく、理由にすることもなく、しかもとても意欲的に稽古されています。

私が太極拳を皆さんに伝えたいのは、死ぬまで人生を楽しんで欲しいからです。

歩けなくなったらどうなりますか?
行きたいところにも行けなくなります。

寝たきりになったらどうですか?
好きなことは何も出来なくなります。

老化は足から来ると言われますが、その足腰がビックリするほど鍛えられるのが太極拳です。
しかも高齢からでも始められるのが高齢者の太極拳愛好家が多い理由です。
太極拳をされている方は年齢問わずとても元気です。

私は自分の年齢を言うと皆から若いと驚かれます。
これが私が太極拳をやる理由です。

前回もお話しましたが、
太極拳を始める前は5分と歩けなかったのに、
今では延々と歩けるし、階段を掛け上がり、
走っている学生たちを追い抜くことも出来ます。

信じられますか?

特別なトレーニングは一切やってません。
太極拳しかやっていません。
で、この体とこの若さです。

こんな風に太極拳をやっていることによって若さを自慢できる人になって欲しいというのが私の願いです。

Hさんは最年長でありながら歳を理由にされたこともなければ、
若い人に負けないぐらい稽古の時に懸命に吸収しようとされます。
疲れた顔を見せたり、
落ち込んだりしているのを見たことがありません。
いつもキラキラされています。

因みに私の両親は80代後半になりますが、歳を理由にしたことは一度もありません。
父に関しては、ちょっとでも気を使おうとすると「年寄扱いするな!」と怒られる程です。
しかも私より歩くのが速い!

母に対しても歩けない時、手を貸そうとしても頼ろうとしません。
もう頼ってもいいのにと思うのですが、まだまだ気持ちは若いようです。

両親は兎も角、
歳を理由にせず努力されている人生の先輩を見ると心底カッコいいと思うし、
本気で見習いたいと思います。

「歳だから」
ではなく
「歳だけど」
と言えるようになりたいです。

そうなれるのが太極拳です。

私がその生き証人となります。
是非ご一緒に太極拳で人生を謳歌しましょう。





2024年3月24日日曜日

弱さを認める

自分の弱さを認める。
弱さを隠そうとしない。

イイカッコしたがる人がいますが、
イイカッコしようとする心そのものがすでに力んでいる状態なのです。

背伸びしようとすれば足が疲れます。
イイカッコは疲れるのです。
それなら踵を降ろし足裏全体を地に着けた方がラクではないですか?

私の場合、常にありのままの自分でいるよう心掛けています。

「先生らしくない」と思われているようですが、構いません。
世界中に無数の先生がいる中で、
一人ぐらい先生らしくない先生がいたっていいじゃないですか。

だから、今後も立派な人を演じるつもりはありません。

そもそもイイカッコしたところで何のメリットもありません。

そう言いながらも
全くそういうところがないかといえば、そんなことはありません。
やはり人間ですからカッコつけたい時もあります。
しかしそういう時に限ってミスします。
これが余計にカッコ悪い。

自分の弱さを認めましょう。

そうすれば肩の力が抜け、
体全身の余分な力が消えていくでしょう。

ここからが太極拳の本当のはじまりです。

さあ、
弱くて、
力も抜き切った自分に何ができるでしょう?

この時に太極拳の本質が見えてくるはずです。

太極拳やりたかったら、
イイカッコしたり、
やせ我慢したりのをやめましょう。

自分の弱さを認めることが太極拳の強さのはじまりなのです。



2024年1月26日金曜日

集中する

会員さんの練習を見ていると、今自分がすべきところを放ったらかしにして他人がやっているところをしようとしたり、まだ進んでないところを「見て欲しい」と言ってくる会員さんもいます。
おそらくYouTube等で似たような型を見つけて覚えてくるのでしょう。

指導者の立場からすれば、一番やって欲しくないことです。
(気持ちは解りますが)

私が高校受験の時、音大付属高校に進みたかったのでピアノの先生について習っていたことがあります。
先生は受験のため私のレベルに合った曲(ソナチネ7番)を選んでくれ練習するようにと言われました。

当時ピアノを弾くことが楽しくてならなかった私は懸命に練習し、どんどん指が動くようになりました。
そうこうしている内に自選曲では物足らなくなり、もっとレベルの高い曲をやりたくなりました。
そこでなんとなくソナチネ1番を引いてみたら初見で割と弾けたので、「これにしたい」と思ってそれから猛練習を始めました。
この曲を弾いて先生を驚かせてやろうという気持ちもありました。

そして先生の前で「1番を練習したので聞いて欲しい」と伝え弾き始めました。
その時の先生の反応は決して良くなく、その表情はどんどん険しくなり、引き終わった後、一度も怒ったことがない先生が怒りだしました。

「まだ7番もちゃんと弾けないのになにをやってたの?!」と。

その後、先生は1番を引き出したのですが、そのピアノはまさに怒りのピアノでした。
私はやさしい先生を怒らせてしまったとをとても後悔しました。

そして私は高校受験に失敗しました。
3校全てです。
「桜散る」の通知を見て涙がボロボロ溢れ出てきました。

受験に失敗したのはピアノだけではなく
本番でトランペットがうまく吹けなかったからです。

トランペットの先生も普段はとてもやさしい先生でしたが、
受験のためにマンツーマンレッスンを申し込んでからは人が変わったように厳しくなりました。
私が受験に合格出来るよう懸命に教えようとしてくださったのでしょう。

まあとにかくクラシック音楽への道は敗退に終わりました。

ところでピアノの先生は何故あれほど怒ったのでしょう?
それは私のために選んでくれた曲の練習を放ったらかして別の曲を練習してしまったからです。
ピアノの先生も私のレベルを見て、合格出来るよう最も適した曲を選んでくれたはずです。

まあ多感な時期でしたから、自分の才能に溺れてしまったり、美人の先生の前でいい恰好したいという気持ちもありました。
まさに雑念だらけです…

とにかく今すべきことに集中する。
それが出来るようになったら、次に進む。
その繰り返しです。

与えられたことをきちんとやれば先生も認めてくれるでしょうし、
私もそうしてもらうのが一番嬉しいです。



2023年12月3日日曜日

答えは自分の中に

今日ある生徒さんから「独身男性は早死にする」と言われ、
ちょっとグサリときたが、
そんな私は今までありとあらゆる病気を克服してきた。

特に物心ついたころから長年患った持病の喘息とアトピーは完全に克服し、
それから症状が出たことは一度もなし。
31歳から栄養学を学んでから。

人間の体は中医学では気血水から成ると言われるが、
医学的にみれば人間は水とタンパク質から出来ている。
その水とタンパク質を良質なものに変えれば人はいくらでも生まれ変わることが出来る。
それで数えきれないほどの病気を克服してきた。

その上、太極拳をはじめてからは驚異的な治癒力を身に付けた。
出血はすぐに止まり、
傷はすぐに治り、
内出血は2時間で治り、
脱臼や打撲は数十分で。
とにかく止血が早い。

交通事故で折れた肋骨は5日で元通りに、
穴の開いた肺は3日で塞がり、
捻挫は30分で治る。

確かに一人だと食生活が質素になる。
しかし毎日贅沢すれば長生き出来るだろうか?

確かに私の食生活はご飯に豆腐に味噌汁といった感じで質素だが、
それで体調を崩したことはない。
食べるものも大事かもしれないが、もっと大事なのは食べ方。
ゆっくり味わい感謝しながら食べる。
そうすれば質素なものでも栄養になる。

ある占い師の生徒は、「先生は霞みだけでも生きていけそうですね」と冗談で言ってたが、私もそんな気がする。

ご馳走はたまに食べるからご馳走なのであって、毎日贅沢三昧したいと思わない。
それが人生の楽しみだとも思わない。
もっと楽しめる人生はたくさんあるし、今ですら最高に充実している。

独身男性が早死にするのは単なる平均的なデータであって、
誰もが早死にするわけでなない。

大事なのは「人生をどう生きるか」ではないだろうか?

人生がつまらないと思えば、太極拳修行などしないだろうし、
生活も乱れ早死にするかもしれないだろうが、まだまだやりたいことは山ほどある。

人は生きるために生まれたのではない。
単なる消化ゲームではない。

人は進化するために生まれたのであり、だからこそ生涯修行を続けようと思った。

答えは情報の中にあるのではない。
自分の中にある。

それを見つけ出すことが大事だと思う。



2023年11月29日水曜日

人生60から

昨日の自立支援講座の時、冒頭でお話したことですが、
20年前、心も体力も衰え燃え尽きを感じていたあの頃からは
想像出来ないほどになりました。

39歳の若さで燃え尽きる?

30代はそれほど頑張りました。

24時間働くつもりでベッドを捨て、
24時間電話対応し、
必要とあらば夜中でも車を走らせるという感じで
毎日突っ走っていました。

あっという間に650人のリーダーになり、皆が私に付いてきてくれました。
YouTubeもSNSも何もなかった時代に年商5000万円に。

その後日本と海外の二重生活をすることが出来たし、
貧乏時代にはとても手の届かなかった外車も手に入れました。
そのお陰でしばらくの間は優雅な時を過ごすことが出来ましたが・・

その後一気に転落。

鋼のようなメンタルもガラスのようなメンタルになり、
人と会うのも怖いと感じるほど堕ちました。

原因は燃え尽きだけではなく、体を動かさなくなったことです。
当然収入も急落し、借金生活に。

その頃は階段どころか歩くことすら出来なくなり、
頭ばかり使っていても体を使わないとこうまで体力が落ちるんだと思い知らされました。
当時は階段を3段程登るともう息切れしてましたから。

もう、本当にヤバイと思いましたね。

しかし今はどうでしょう?

階段を見るとげんなりしていた私が階段を見ると気分が上昇してくる。
血が騒いでくる。
そして、ガンガン駆け上がります。
1段飛びで駆け上がっても息切れもしません。

太極拳本当にヤバイです。

歳を取ればとるほど、体力が落ちるのに、太極拳を始めると確実に時間が逆行します。

それにどうでしょう?
燃え尽きていた心に火が付き、
還暦になろうとする今、何か「大きなことをやりたい」という気持ちにすらなっています。

私が太極拳の効果を証明するのは今までだけでも語りつくせないほどありますが、
これからもっともっと実証していきます。

口先だけで「太極拳は健康にいい」などと言いたくありません。

身をもって示すのが私のやり方です。

10代20代の頃、横断歩道では常に先頭に立ち、一番前を歩く。
人ごみをかき分け颯爽と歩く。
そんな感じでしたが、40年経った今同じような感じになっています。

「人生60から」

歳を理由に泣き言は言いたくありませんし、
そう自信をもって言えるようこれからも実証していきます。

太極拳は心と体と脳を鍛えます。

いつまでも若々しさを保ちたい方は
ご一緒にやってみませんか?



2023年11月19日日曜日

転身は遊びながら身に付ける

転身方向は様々です。

欄雀尾左掤(らんじゃくびさほう) 90度
単鞭(たんべん) 180度
進歩搬欄捶(しんぽばんらんすい) 45度
抱虎帰山(ほうこきざん) 135度
双風貫耳(そうふうかんじ) 22.5度
転身右踵脚(てんしんみぎとうきゃく) 225度
玉女穿梭(ぎょくじょせんさ) 270度
轉身擺蓮(てんしんはいれん) 360度

この転身方向で苦労する人は多いようです。

ただ、この角度、
実戦では必ずしもこうなるとは限りません。

それもそのはず、
敵はどこから攻めてくるかわからないし、
敵がその場でじっとしているとも限らない。

だからこの角度はあくまでも套路上での角度であり、
実際は自由に転身出来なくてはならないのです。

因みに私は玉女穿梭で540度転身することが出来ます。
いわゆる1回転半です。
足で回ろうとするのではなく、
軸と丹田だけ意識していればどの方向にも自由自在です。

こんなふうに遊び心をもって練習すると上達が早くなります。

***

暗い顔したり、しかめっ面したり、眉間にしわ寄せて練習している人もいますが、
上達が遅れるだけです。

表情は心の状態をそのまま表しています。
顔の表面に力みが生じると
上丹田も中丹田も塞がってしまい、うまくいくこともいかなくなるのです。

私は稽古中にあからさまに叱り飛ばしたりすることはありません。
場の雰囲気を壊して空気を硬くしたくないし、本人の立場もあるからです。
しかし伝えるべきことはしっかりその場で伝えます。
冗談で言っているようで実は本気なのです。

暗い表情に好機は訪れません。
鏡を見てまず笑顔をつくることから始めてみるのがいいでしょう。

冗談のようですが間違いなく太極拳も人生そのものも激変します。



2023年8月6日日曜日

ストレッチをとるか?太極拳をとるか?

過去に2年間制定拳を習ったが、
一番嫌いだったのがストレッチ。

郷に入ったならば郷に従えということで、
先生のように足が開いたり上がるように懸命に努力した。

家でも暇さえあればストレッチしたし、
毎日ジムにも通いサウナで股関節が柔らかくなるようストレッチした。
とにかく懸命に努力した。

2年経ってどうなったか?

ほんの多少、脚が上がるようになったぐらい。
開脚はほどんと変化なし。

子供の頃からクラシックバレエをやって今は教えてる従妹にそのことを尋ねてみた。
「人それぞれ骨格が違うのだからそれは無理」と。

確かに生まれつき体が硬い。
でもそれをどうにかしたくて頑張ってきた。
マジで頑張った。

しかし変わらなかった。

そうこうしているうちに疑問を持った。

一体自分は何をしているんだ?と。

太極拳をやりたいはずなのに、ストレッチばかりしてる。
「自分のやりたかったことはこれじゃない」と思いました。

郷に入ったならば・・ですが、
その郷が自分が入るべき郷ではなかったということ。

その後伝統に立ち戻り、鬆身法や立禅、套路などで毎日鍛錬しました。

そして、開脚こそできないが、やわらかい力を身に付けた。

いわゆる太極拳で最も重要な勁という力。

そしてそのやわらか力を身に付けたことが
これほどにも嬉しいのはその2年を過ごしたからこそ。

道を外すことは誰にでもあると思う。

しかし立ち戻る勇気さえあれば、その期間は容易に取り返せるし、
逆にそれ以上の結果さえ得られる。

これからももっともとっとやわらかい力を使えるよう更に研鑽していこうと思います。

2年は無駄ではなかった。
私をやる気にさせてくれた起爆剤だったからです。



2023年7月23日日曜日

先生と生徒

私がいつも心掛けていることは生徒に対し平等に接することです。
一人一人レベルに応じて丁寧に接します。

もし孤独を感じていそうな生徒がいれば、声を掛けるようにしています。
ぐいぐい来る生徒に対してもあしらうことなくきちんと対応します。
「どこからでもかかってきなさい」という精神です。

先生によっては「この生徒はやり辛いな」と感じる人もいるでしょう。
私にもあります。
しかしそうなると余計に燃えるのが私の性格です。
扱いにくい生徒ほど、まともになって欲しいと思うし、実際そうなっていきます。
辞めていく人もいますがね(苦笑)

とにかく、こうして生徒と平等に接するのは
生徒同士仲良くやって欲しいからです。

私も人間ですから、当然好き嫌いはあります。
因みに好きな生徒はこんな生徒です。

  • 練習熱心
  • 素直(真剣に話を聞こうとするし、よく見て正しく真似ようとする)
  • 慕ってくれる生徒
  • グループレッスンの時に近くに立つ人
  • 感想を聞かせてくれる人

以上です。

先ほども言いましたように、これはあくまでも好きな生徒であって、
だからといってそうでない生徒をないがしろにするわけではありません。
私にとって生徒は教えるだけではなく、自分を成長させることの出来る相手でもありますから。(自分にとっても学べるという意味)

さて、さきほどリストアップした内容をひとつひとつ説明していきます。

練習熱心な生徒、好きです。
当然です。
私も太極拳を伝えたくて教えることを始めたわけですから、熱心な生徒を応援したくなるのは当たり前です。

素直な生徒、好きです。
なぜなら素直な生徒は上達が早いからです。
自分でやろうとせず、私の動きをよくみて、その通りに動こうとします。
逆に自分で動こうとしている人はなかなか上達しません。

慕ってくれる生徒も好きです。
私は太極拳を教えたくて教え始めたのではありません。
太極拳を好きになって欲しくて教え始めました。
だから太極拳が好きになってくれる人が好きです。

次に距離感です。
長く続けてる会員さんが後ろに立つのはわかります。
しかし古い会員さんは新しい会員さんを前に立つようエスコートすべきです。

確かに遠くからのほうが全体が見えて全体の動きが解りやすいというのはあります。
しかしパワーが伝わってきません。
はっきり言ってしまえば動作なんていくらでも覚えようはあります。
しかし内家拳で大事なのはカタチではなく師から滲み出るパワーを得ることです。

今の私が今の自分でいられるのは、
先輩が私を先生の近くに立つようすすめてくれたからです。
(場所を譲ってくれたからです)
もちろん自主的に先生の近くにいったこともあります。

ハッキリ言いましょう。
内家拳で強くなりたかったら絶対先生の近くに行くべきです。

私は音楽活動していた若い頃はよくライブに行ったものです。

大好きだったアーティストのチケットがなかなかとれず、
やっととれたと思ったら、武道館の2階席の奥の方。
これは楽しめませんでした。
アーティストはゴマ粒のように小さいし、
音にしろ反響音しか聞こえてこない。
アリーナで騒いでいる人たちをただただ傍観するしかありませんでした。
アーティストの熱い想いなど伝わってくるはずもありません。

逆にアリーナの前から1列目や2列目のチケットをとれたこともありました。
これは最高に楽しめました。
目の前に好きなアーティストがいる。
熱いプレイが魂に響いてくる。
こんな時はしばらく興奮が冷めず、仕事もプライベートも常に元気でいられました。

大事なことはパワーを感じることです。


武術では、ある有名な中国の先生の講習会に参加したこともあり、
その時は会場に60~70人ぐらい集まりました。
私は初参加でした。
それでも最前列、しかもその先生のすぐ近くに立ちました。(自主的にです)

YouTubeでしか見たことのない有名な先生が目の前にいる。
当然よく目があいましたし、最も手取り足取り直接指導してくれたのも私でした。
なによりもパワーを頂きました。
恐らくあの会場で一番得したのは私でしょう。

内家拳で学ばなければいけないのはカタチではなくパワーです。
近くに行けば行くほどパワーもらうことが出来ます。

先輩がいつも前を譲ってくれたのはそういうことだったのです。
やさしい先輩達に恵まれ本当に幸せでした。

最後に・・感想を聞かせてくれる生徒、好きです。
毎回感想を聞かせてくれる生徒がいます。
だからといって特別扱いはしません。
指導も他の生徒と同じようにします。
しかし気持ちの入り方は全然違います。

感想をくれる生徒は意欲があります。
だからこそその意欲に応えたいという気持ちになります。
ホンキで上達してもらおうと思うので指導は徹底的に丁寧になります。
そしてその生徒はやはり圧倒的に上達が早いです。

今、私は先生の立場で書きましたが、
私が生徒時代の時は毎回先生に感想を伝えました。
その場でも伝えましたが、あとからメールでも感想を伝えました。
そして私のことをすごく可愛がって下さいました。


あるおいしいラーメン屋で
「いやー!ここのラーメンは何度食べてもおいしいです!」と感想をいいました。
私は心の声が口に出てしまうのです。
すると次行った時、同じものを注文したら、チャーシューが2倍入ってました。

そういうことなんです。












2023年7月21日金曜日

頭を切り替える

なかなか上達しない。

そんなふうに思っている方も少なくないと思います。

上達が早い人とそうでない人の違いはなんでしょう?

もちろん練習量です。
練習しなければ上達することはありません。

仮にその場ですぐに出来たとしても
練習しなければ張りぼてのように簡単に崩れてしまいます。

上達する方法はただひとつ。

「上達する方法で練習すること」です。

間違った方法をどんなに繰り返しても上達しません。
それは歪んだクッキーの型できれいな形のクッキーを作ろうとするようなもの。
歪みを直さなければ決してきれいなクッキーは出来ません。

小学校の時、かきかたという授業がありました。
点線文字をなぞって文字のかきかたを覚えると言う方法です。

太極拳で最初にやることは、まずは正しい姿勢と動きを覚えることです。
かきかたでいう点線文字は先生の動きを見ること。
そしてそれをなぞる作業こそが見て覚えることです。
そしてその正しい姿勢や動き方をしっかり頭に入れ、それを反復練習します。

一度覚えたからと思って侮ってはいけません。

我流になっていることはよくあること。
何度でも先生の動きをみて、再確認すること。
私は10年以上経っても、その違いを見つけることが出来ましたし、
それはこれからも続くでしょう。

常に「師の動きを見る」ということです。

「YouTube観たから、それでできてる」なとど思わない方がいいです。

逆に自分の動画をYouTubeにアップしてみてはどうでしょう?
どんな反応がくるでしょう?
応援してくれる人もいるでしょう。

しかし、ダメ出しされたり、マウントをとられたり、
酷い言葉で罵られることもあるでしょう。
動画が出せない人はそれが怖いから出さないのかもしれませんね。

私の場合は最初の頃からSNSに動画を出しまくって、
これらをすべて力に変えました。

当時の私はダメ出し、マウント大歓迎でしたから。

今の自分が「出来ている」と思いあがりたくなかったからです。
褒められればそれを励みにすればいいし、
悔しかったらそれをバネにすればいい。

人の反応を怖がっていて上達などありません。
人は好き勝手言いますし、本当のことも言ってくれます。

話を戻します。

上達する方法は練習量です。

しかし間違った練習を10時間やっても100時間やっても上達はありません。

「今の自分が間違ってると気づくことが大事なのです」

先生の動きを見る。
それをなぞる。
それをひたすら繰り返します。

これだけです。

もし上達しないと悩んでいるのなら、今日から頭を切り替えましょう。

見て、真似て、繰り返す。

そうすれば間違いなく上達します。
是非頑張ってください。



2023年7月5日水曜日

謝ります

私は会の代表であり、
講師でもありますが、
非があれば即座に謝罪します。

時間を置くことはありません。
時間を置けばそれだけ傷が深まるだけだからです。

謝ることがカッコ悪いとか
立場が弱くなると思う人もいるようです。

本当にそうでしょうか?

私は逆に非を認めつつも謝らない方がカッコ悪いと思います。

そもそも相手に嫌な思いをさせ、
そのまま放置して楽しいでしょうか?
嬉しいでしょうか?
幸せな気分になれるでしょうか?

私には耐えられません。

もし嫌な思いをさせたり傷つけたりしたら、私も苦しみます。

人の苦しみは自分の苦しみ。

周りから馬鹿正直と言われたこと
何度もあります。

しかし私は死ぬまで正直に生きたい。
人に悲しい思いをさせるのが嫌だし耐えられないのです。

幼い頃私は体が小さく華奢でした。
背の順は一番前、恐らく体重も一番軽かったでしょう。

同級生の大きい奴らにおもちゃにされました。

こちらは何も悪いことをしていないのに
いきなり殴られる。
いきなり首を絞められる。
いきなり顔に唾を吐かれる。

今思い出しても悔しいです。

こちらに非があるなら殴られても仕方ありません。
それまで楽しく一緒に遊んでいたはずなのに、
いきなり殴ったり掴みかかってきたりされるのです。

こんな経験を散々積んできたので
辛い思いをしている人の気持ちが人一番解るつもりです。

だから私はいつでも弱い者の味方です。

強い者に対して弱腰になったり媚びたりしません。
いつも堂々としています。
そして非があれば即座に謝ります。

私の経験上、
「ありがとう」と「ごめんなさい」が即座に言える人は誰からも愛されます。
最初は意識して始めましたが、今では無意識にそうなっています。

謝まることがカッコ悪いのではなく、
謝らないことがカッコ悪いのです。

素直が一番です。



2023年6月22日木曜日

結局のところ太極拳はなんなのか?

結局、太極拳はなんなんでしょう?

体操?
スポーツ?

いいえ、
「武術」です。

ではなぜ体操として普及したのでしょう?(普及させたのでしょう)

それは…

とてつもなく
「強い」からです。

こんなのが発祥国で普及してしまったら、
政府は国民を制圧できなくなります。

太極拳は実際に技を掛けてもらわないと本当の凄さは絶対に解りません。

かくいう私も太極拳を始めた初日、
「これは踊りか?」と完全になめていました。

私が太極拳に対してここまで本気になれたのは、
師が私を投げ飛ばしてくれたからです。

もし、最初のイメージ通り、踊りや体操であったならとうに辞めていました。

あれから20年経ちましたが、
師への感謝の気持ちは霞むどころか、
どんどん鮮明になっていきます。

親に「生んでくれてありがとう!」というように
師に「投げ飛ばしてくれてありがとう!」大声で言いたいです。

#太極拳 #体操 #スポーツ #武術