2022年8月9日火曜日

ストレッチはやるな!

いきなり乱暴なタイトルになりましたが、
そもそも圧腿(あったい)の目的はなんでしょう?

ある会員さんから「前は稽古の時してましたよね?」と言われたので、
あえてこの話題に触れてみました。

因みに圧腿とは股関節を柔らかくするためのストレッチです。

結論から言えば不要です。

私は鍛錬する時、圧腿は一切やりません。
同じ時間があるなら站椿功か套路に時間を掛けます。
套路と言っても形を整える方ではなく氣を練る方です。

競技に出ていた時は、ある選手からすすめられ毎日実践し、
確かに足が上がるようになりました。

しかしそれだけです。

そもそも膝が伸びた脚は、武術的視点から見ると技を掛けられやすい状態となります。
技がきれいに決まると、関節が外れその時点から立てなくなるほど危険な技です。
だから当会では膝を伸ばすことを禁止しています。

圧腿の目的は股関節を柔らかくすることです。
しかし、この「やわらかい」が伝統では違うのです。
伝統でのやわらかいは力みのない状態であり、競技で言う柔らかいは可動域の広さを指しています。

ではこの可動域を大きくするために圧腿は有効でしょうか。
答えは有効でもあれば有効ではないとも言えます。

なぜなら必要ないからです。

股関節の可動域を広げるために無理やり筋肉や筋を引っ張るのではなく、
逆にゆるめるのです。

もしそれでも股関節の可動域が狭いと感じるのであれば、それは心の問題です。
心が固くなっているから可動域が狭くなるのです。

心と体は同一です。
だからほとんどのことはイメージ通り(想像以内)に起きます。
「無理」と思ってしまうと無理な結果になるのは当然ですね。

ではどうすればいいでしょう?
もうわかりますよね?

因みに私にとっての分脚や踵脚などの技は足の発勁動作であり、
下勢などの低い動作では敵の視界から消えることをイメージして動いています。

その動作の目的は技であり、動作ではありません。
「足を上げる」とか「低い姿勢をとる」というのは目的ではなく、
目的のための動作に過ぎないということです。

今一度、自分の練習法を見直してみることをおすすめします。

意味のない練習にどれだけ時間を掛けても武の功夫は身に尽きません。
時間を掛けることも大事ですが、毎日なにをやるか?が一番大事なのです。

今行っている練習を10年続けると何が出来るようになるでしょう?
時間は取り戻すことが出来ません。

だから「今」何をやるかが大事なのです。



#圧腿 #ストレッチ #分脚 #踵脚 #下勢













2022年7月23日土曜日

時間を変える

昨夜は中級クラスでした。

当会の中級クラスは一般的な上級クラスの部類に属すると思っています。

ではなぜ中級クラスという名称にするか?
それは、「まだ上がある」
ということを知って欲しいからです。

太極拳は套路を覚えたら終わりではありません。
太極拳は技を覚えたら終わりではありません。
それ以上になにがあるか?

見えない力です。

人は25歳を過ぎたら老化が始まります。
何もしなければこの流れを変えることは出来ません。
いわば死へのカウントダウンの始まりです。

毎日、同じ仕事をし、生活をし、たまに余暇を楽しみ、
こんな風に人生を消化していくことになります。

この流れを変える方法はないのでしょうか?

これこそが私が太極拳を続けてきた理由であり、一生続けようとする理由でもあります。

太極拳をはじめたその日から消化するだけの人生ではなく、進化がはじまります。

太極拳は人を進化させてくれるのです。

確かにいろいろ衰えてきました。
筋力、視力、聴力、記憶力、判断力、注意力、瞬発力等々。

しかしどうでしょう?

来年還暦を迎える私は、
前を走ってる学生を追い抜くほど速く走れます。
階段を駆け上がることが出来ます。
力でも若い人に負けません。(勁力です)
怪我してもすぐに治ります。(驚異的な速さです)
病気しません。(過労で倒れたことはありますが・・)
洞察力が上がります。
見ただけで人の考えていることが解ります。
人のエネルギーレベルやその流れが見えるようになります。

自分でも不思議に思います。

私はこれが解ったから太極拳を続けているし、
それを身を以て証明しようとしています。

人生これからです。
間もなく60歳になろうとしている私が本気でこのように思うのです。

それを教えようとしているのが中級クラスです。

入門クラス、普通クラスで教えているのは太極拳を覚えることです。
それを活かせるようにするのが中級クラスです。

気功、基本功、太極拳、八卦掌、形意拳、推手、散手、ミット打ち等々。

これらは覚えたことを活かすために行っています。

太極拳を始めると死ぬまで強くなれます。
亡き師父が残してくれた言葉です。

今、私が頑張れるのはこの言葉がいつまでも頭の中でこだましているからです。

太極拳は単なる高齢者向けの健康体操ではありません。
老化を進化に変えてくれる秘術なのです。



2022年7月22日金曜日

弱点を活かす

「見る力を養う」

見ることは聴くより大事です。

もちろん聴くことも大事なのですが、
教わったことを言葉に変換し、またその言葉を動作に変換するのでは効率悪くないですか?

本を読んで独習するならまだしも、
目の前に手本を見せてくれる人がいるなら、見たままやればいい。
まんまやればいい。

それでも、ある程度のレベルに達すると、形だけでは通用しなくなります。
どんなに奇麗な動きをしても奇麗でしかないものになってしまいます。

太極拳は武術です。
武を意識しなければ決して武術になることはありません。
(舞踊やスポーツとしての太極拳をするなら別です)

何を見るか?
姿勢や動作は散々見てきたはずです。

私が師を見る時は出ている空気を見ます。
いわゆる「氣」です。

どこに氣を集めて、
どこに発射しているか?

それを見ることによって、後々、動作や姿勢の意味を知ることができます。

「なるほど、だからこの姿勢なのか」
「なるほど、だからこの動きなのか」
といった具合です。

私は若い頃にバンドでロックをやっていたせいで耳が遠くなりました。
言葉があまり入ってきません。
だからその分見ようとします。

視力が弱い人はその視力の弱さを活かすべきです。
メガネやコンタクトを外し見てみましょう。
今まで見えなかったものが見えるのではないでしょうか?

少なくとも私が師を見る時は、わざとピントをぼかして見ます。
どこかに一点に焦点を合わせてしまうと太極拳の動きを見ることはできません。
なぜなら太極拳は気を用い体全身を使うからです。

自分の弱点を活かす。

もしかしたら見えなかったものが見え、新しい感覚が身につくかもしれませんね。



2022年7月10日日曜日

超リラックスが勁を生む

昨夜は超気功クラスと夜間普通クラスでした。
超気功クラスとは気感を強くするための特別プログラムで、それによって内家拳に必要な勁力を上げることを目的としています。

太極拳で物質的なことだけに囚われていては内家拳としての太極拳に近づくことは出来ません。
目に見えないものを見ようとしたり出そうとしたりすることは、力を出すこととは異なり、極限のリラックス状態と集中力が必要です。

では、力を抜こうとすることでリラックス状態に入ることが出来るでしょうか?
いいえ。
抜こうとすること自体が雑念なのです。

例えば湯船に浸かっている時やベッドで横になっている時に力を抜こうとするでしょうか?
何も考えなくとも自然とリラックス状態です。

いわば超気功クラスは脱力方法とすぐさま瞑想状態に入るための特別プログラムなのです。

今回のメンバーで一番強く気を感じたのはM子さんでした。
両手を出して目を瞑っているM子さんの掌に重い気を発射すると次第に腕が下がっていき、引きつける気を出すと手が吸い寄せられるようにどんどん上がっていきました。

M子さんは長年気を感じることが出来ないと落胆していましたが、今では気感も勁力も確実に上がってきています。
家庭では社会人になる息子さんにふざけて突きや蹴りを出されることがあるらしいですが、それらすべてをいなし時折当て身を入れることもあるそうです(笑)
なんとも頼もしいお母さんです。

普通クラスではIさんとNさんが武器術を順調にすすめています。
因みに楊式刀や剣ではこれら武器を矛として使うだけではなく盾としても使います。
体すべてを使うのが太極拳の考え方ですが、それがあの美しい動きを生み出します。

散手は単鞭(たんべん)を稽古しました。
どの技も同じですが特に単鞭は手だけでは技は掛かりません。
手足すべてを使うことはもちろん、気を通すことが大事です。

気の通った腕と、力任せの腕では全くパワーが違います。
技術ばかりに目を向けるのではなく、太極拳では見えない力を意識することはもっと大事です。











2022年5月30日月曜日

立ち方が変わると太極拳が変わる

今日も朝から晩まで稽古を行いました。
午前稽古、推手レッスン、オンラインレッスン2つ。

午前稽古では十字手の用法練習を行いました。

大事なことは相手の手を掴まないこと。
どちらかといえば相手に手を掴ませること。

普通逆ですよね?

これこそが太極拳の面白いところです。

今日は関東のEさんのレッスンを行いましたが、当会でオンラインレッスンを始めて約1年と9か月。
休会中の会員を省き現在当会では最年長になります。

2年経たずして双辺太極拳2段まですすみました。
これには驚きましたがもっと驚いたのは立ち方です。
かつての立ち方とは全く違います。

簡化太極拳等をされている方の蹴り動作を見ていると、力で脚を上げているのが見てすぐに解ります。
見た目は美しいのですが、外から触れられると耐えられずすぐに倒れてしまうでしょう。
しかし丹田で立つと、相手に触れようが蹴られようが崩れることはありません。

何故でしょう?

伝統拳は闘うための太極拳だからです。
闘うための太極拳が相手に触れられたぐらいで倒れていたら命がいくつあっても足りません。
片足で相手の蹴りを捌き片足のまま蹴り返します。

健康増進に関しても武を意識して太極拳に取り組めば、怪我をすることも病気することもなくなります。

太極拳は自分自身を強くすることの出来る武術なのです。



2022年5月25日水曜日

丹田の正体はプラズマ?

武者修行でパワーアップ。今日から稽古開始しました。

午後は自立支援講座。
毎回、気功と太極拳によってどう変わるか?ということを動作ごとに説明します。
いつも話すことですが、私は最近更に早く歩けるようになりました。

東京は人が凄い。
そんな駅構内や道路も人の群れをいなしながら疾走しますが、これも稽古の一つです。
エスカレーターは必ず歩き、階段は重い荷物を背負って駆け上がります。
階段一段飛びはもちろん二段飛び歩きもかるく出来ます。

決して無理をしているのではなく、体が軽く弾むように足がどんどん前に進んでしまうのです。

先日の師との組手で脚を負傷しましたが、夕方に負った傷が夜にはカサブタになっているのには自分でも驚きました。

とてもアラ還の治癒力とは思えません。

打たれ強くもなりました。
弟子や生徒に頼み、思い切り打ってもらうのですが、耐えるという感覚ではありません。
なんというか・・
マッサージをしてもらっているような感じで気持ちがいいのです。
一応に言っておきますがM気は全くありませんので(笑)

これが太極拳で身に付くチカラです。

凄いのは技ではなく、感覚や体が超人として改造されていく感じです。
明らかに20年前より今の方が体が軽いです。

夜間稽古ではプラズマボールで遊んでみました。

私はこれを見た時に丹田そのものだと思いました。
丹田は腹を切っても目で見ることは出来ないので、その正体はプラズマなのかもしれません。
中心から放射され張り詰める感覚です。

最近クルマを運転している時も、発進、停止、曲がるなどの操作を行う時に丹田が膨らみます。
どうやら車ですら丹田で動かすようになってきたようです。
すると長時間運転しても肩が凝るどころか肩がどんどん軽くなっていきます。

こんな感じで、悪質な煽り運転もさらりといなせるようになりたいですね。



2022年5月14日土曜日

平均以下ならダメか?

昨夜、私自身が記憶力で苦労している話をしたら、
会員さん達が「そんなことはない」というような素振りをするので、
改めて自分がどれほど記憶で苦労しているか話しました。

スラスラ覚えられたら本当に苦労ないです。

套路にしても早く覚えられるのではなく、
早く覚えられるよう毎日たくさん練習しているのです。

稽古に参加したら先生の動きを見続けているし、
苦手箇所に関してはその部分だけをひたすら反復練習します。
回数にすれば50回ぐらい、1ヶ月で1,500回、1年で18,000回です。

特に基本を重視します。
カッコイイ技ばかりをやろうとせず、地味な基本功を毎日欠かさずやります。

用語や理論がなかなか覚えられないので部屋にそれらの紙をべたべた貼り、
トイレにはいまだに套路名称の紙が何枚も貼ってあります。

教わったことは必ずメモにとり、
出来る限りそれが出来るように繰り返し練習します。

どうしても覚えられない時は自分だけのための教材を作ることもあります。

能力があるのではなく人一倍努力しているのです。

学生時代は赤点ばかりで成績はいつも平均以下。
成績を見せる度に親にこっぴどく叱られてました。

正直、能力がある人が羨ましいです。
わずかな練習で覚えてしまうのですから。

しかし勁力に関しては能力は関係ないようです。
能力があろうがなかろうが、長年コツコツと努力した者でなければ得られないチカラだからです。

力のある人や体が柔らかい人を羨んだこともあります。
しかし力が勝っていても、体が柔らかくとも勁が使えるわけではありません。

勁は全ての人に対して平等なのです。

だから学生時代平均以下の自分でも「これなら!」と思って今まで頑張ってこれました。

達人と言われる人も人が見ていないところで血の滲むような努力しているのです。
大事なことはそこに「強い意志」があるかどうかです。

私は体力も柔軟性も自信ありませんが、強い意志だけは常に持ち続けています。

それは、常に変化した自分に出会いたいからです。