2021年6月12日土曜日

太極拳は義務ではない

当会では頭ごなしに指導することはありません。

この場合の頭ごなしとは、
学び手がそれをやる理由が解らないのに強制するような指導をすることですが、
いわゆる義務教育のようなイメージでしょうか。

例えば、「手本を見せるからこの通りにやりなさい」

これはこれで良いと思います。

しかし、それをやる意味が解らなければ人はそれに対し本腰を入れてやろうとは思わないものです。

それでもやらせるために

「テキストに書いてあるから」
「試験で合格するため」
「試合で良い点をとるため」

もしかしたら、このような回答もあるかもしれませんが、
これでは答えになっていません。

それでは子供に「何のために勉強するの?」と聞かれた時に、
「良い大学に入るため」
それに対し「なんで良い大学に入らないといけないの?」と聞かれ
「いい会社に入るため」と答える。

答えになっていない。

私なら「自分のやりたいことをみつけろ」
そして「自分のやりたいことをやれ」と言うでしょうし、
私自身そうやって育てられました。

太極拳で得られることは、歳をとるほど強くなることです。
常識的に考えれば歳をとることは衰えることです。
しかしその逆となれば、人生もっと楽しくなると思いませんか?

だからといって強制はしません。

そのようになりたい方に対し出来る限りの指導をし、それに必要な練習もそれがどのような意味があるのか説明し納得してもらいながら稽古をすすめています。

「なるほど」と思える指導を心掛けていますが、
これこそが一番モチベーションになることではないでしょうか?

義務的な太極拳ではなく生きた太極拳を身に付けて欲しい。

それが当会の願いであり拘りです。



2021年5月9日日曜日

語彙力と技彙力

現在当会で行っているのはプライベートオンラインレッスン。
リモートだけに動作をきちんと見て正しい姿勢と動作を身に付けて欲しいからです。

いつもオンラインレッスンしながら感じることは、リアルレッスンよりとても頭を使うということです。
当り前のことなのですが、手を使って修正することが出来ないからです。

その分、何度も向きを変えながら手本をみせ、理解しやすい言葉を選びながら指導するわけですが、これが私にとっても大変勉強になるわけです。

最近のネット用語なのでしょうか?
語彙力(ごいりょく)が鍛えられます。

私のレッスンを受けた方からよく言われることは「表現がとてもわかりやすい」ということです。
実はこのことに関しては私自身力を入れている部分なので、そう言われることが一番嬉しかったりします。

因みに私の語彙力の鍛え方はアメリカ映画やお笑いから学ぶことが多いです。
アメリカ人の言葉の使い方はとてもユニークで粋です。
お笑いに関しては語彙力が圧倒的に多いのでとても勉強になります。

今日のオンラインレッスンでは、
打ち方ひとつとっても多くのモードを持った方が良いという話をしましたが、
技が単調にならないよう、即時にモード切替が出来るかどうかというのは心次第という話をしました。

頭ではなく心です。

太極拳は技も多種多様ですが、打ち方も多種多用です。

ワンパターンの打ち方ではすぐに相手に動きを読まれてしまい、それが全く通用しなくなってしまいます。
そうなった時にいくつかの隠し技がさっと出るかどうかは、語彙力ならぬ技彙力という感じでしょうか?
技のボキャブラリーも増やしましょう。

実際にあるのです。
相手によっては自分の得意技が全く通用しない場面が。

崩拳だけで何人もの相手を倒すことが出来ればカッコイイのでしょうが、
実際はなかなかそうもいかないと思います。
崩拳の名手も決め技が崩拳であっただけで、他の技を一切使っていないとは考えにくいです。

頭も心も柔らかく。
太極拳を練る時は一式一式をよく吟味して練る。
そして、技彙力を増やしましょう。



2021年5月6日木曜日

動画サイトでの太極拳独習は絶対に止めましょう!

動画サイトで太極拳を独習するのは絶対に止めましょう!

悪いことはあっても良いことは一つもありません。

太極拳を舐めてはいけません。
「ゆっくりだし、カンタンそう」
最初は誰もがそう思うでしょう。

しかし教室で先生に正しく指導受けている生徒さんは皆感じると思います。
「太極拳って結構難しい」

太極十年不出門という言葉がありますが、太極拳をそこそこモノにするには10年掛かると言うことです。

最近の動画サイトのサムネを見ているとこんな謳い文句が目につきます。

「完全マスター」
「1時間でできる」
「10日間で覚えられる」
「簡単に覚えられる」

本当にそう思いますか?

例えば、ギター。
1週間で弾けるようになる!
実際、1週間でスラスラ弾けるようになった人を一度も見たことがありません。

2週間で〇〇kg痩せる!
本当でしょうか?
死んだ人もいましたよね?

誇大広告で何度も騙されているのに、それでも騙されてしまう。

なぜなら人は甘い言葉に弱いからです。

動画サイトを観て独習して正しく動けている人を一度も見たことがありません。
自分の都合の良いところばかりを真似、それがいずれ大きな怪我の元になることなど考えもしません。

車に乗って猛スピードを出せば事故って死ぬ確率が高くなることは誰でもわかります。
しかし太極拳に限っては危険であることなど考えもしません。

動画を観て出来たつもりになっても、全然出来てないことがほとんどで、それで膝や腰を痛める人が後を絶ちません。
今後まともに歩けなくなる体になってもいいのでしょうか?

太極拳は武術です。
武術は体を鍛えるものです。
体を鍛えるはずが体を壊してしまうなんておかしくないでしょうか?

動画サイトで独習するのを止めましょう。
自分の大切な体のことを思えば、正しい指導が出来る先生について基礎からしっかり学ばれることをおすすめします。

私が動画サイトに太極拳独習動画を出さない理由です。


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2021年4月29日木曜日

道場を出した理由

昨夜、稽古前に弟子達の前で話したことです。
「なぜ道場を出したのか?」ということです。

去年の3月道場を開設した時、仲間達はとても喜んでくれ心から祝ってもくれました。
とても嬉しかったし、今でもその気持ちを大切にしています。

とは言え、誰もが道場を出すことを歓迎してくれたわけではありません。

強い向かい風も吹きました。
道場を出すことに限ったことではありませんが、新しいことをはじめると必ず起きることです。

その向かい風は1度ではありませんでした。
その後すぐに緊急事態宣言が発令されたことによる打撃が2度目。
そして和歌山道場を出したとたんに発令された3度目の緊急事態宣言による打撃。

「これでもか!これでもか!」
と、まるで叩きのめされているようで、今にも崩壊しそうな心をギリギリの精神で保ちながら毎日笑顔で指導しています。

私のすべきことは道場経営だけではありません。
指導者としてより多く腕を磨かねばなりません。

逆を言えば正しい太極拳を伝えられる指導者がいない道場は、単なる空っぽの空間に過ぎません。
そこに命を吹き込めるかどうかは、自分に掛かっていると大きな責任を感じました。

この時、なぜこのタイミングで緊急事態宣言による打撃を受けなければならないのかという理由に辿りつきました。

それは、
「道場を磨くだけではなく、自分自身を磨きなさい」という意味だと受け止めました。


ここで「なぜ道場を出したのか?」ということを振り返ってみたいと思います。

まず一番の理由は「夢」だったからです。

道場を持つ夢は自分の欲求を満たすためだけではありません。
仲間と喜びを共有できる場所を築きたいという願いからです。

それまでは公共施設や野外などが稽古場でした。
公共施設は格安な料金で部屋を借りることが出来るのがメリットですが、メリットだけではありません。

公共施設で不自由さを感じたことをあげてみます。

  • 濁った空気を浄化するのにパワーを使う。
  • 時間の制約がある。(もうちょっとやりたいが出来ない)
  • 毎回必要な道具を持っていかねばならない。
  • 瞑想しやすい照明ではない。
  • 冷暖房を好みに設定できない。
  • 空気清浄機がない。
  • 加湿器がない。
  • 他の団体の使用後、汗と香水臭が強いことがある。
  • 床に泥などの汚れが目立つことがある。
  • 入替え時間を全く守らない団体がある。
  • 関係のない人が稽古中に扉を開け平気な態度をとられることがある。
  • 閉館時間前であるにも関わらず関係者に追い出されることがある。
  • 真夏日、体育館利用時間中に閉館準備のため窓を締められてしまうことがある。
等々。

これらはデメリットというより、体を浄化し体内にパワーを取り込むための環境とは言い難いというのが正しい見方でしょうか。

では道場のメリットはなんでしょう。

  • 靴を脱いだらすぐに練習できる(履きかえる必要がない)
  • 他の団体との干渉がないのでトラブル等で気が削がれることがない。
  • 常に気功や太極拳に適した環境づくりができる。
  • 好みの空気環境がつくれる。
  • 照明が調整出来るので深い瞑想に入ることができる。
  • 室内をきれいに保つことができる。
  • 時間の制約がないのでそのことに気が削がれることがない。
  • 飲食できるので仲間同士の交流の場としても利用できる。
  • 神棚を祀ることができる。

道場とは私達に与えられた神聖な場所であり私達が独占できるパワースポットでもあります。
誰にも邪魔されることはありません。

そのような環境に与えてくださったことに感謝の気持ちを込め、稽古後会員の皆さんが帰った後、毎日神棚に祝詞を唱えています。

体を動かす運動程度なら公共施設でも良いと思います。
しかし当会が目指すのはそれだけではありません。
道場でなければ得られないことはたくさんあります。

私がこの地で太極拳をはじめたのは、共に伝統太極拳ができる仲間が欲しかったからです。
そして私が得た健康を一人でも多くの人と分かち合いたいと思ったからです。

自分の身を削ってでも私が道場に拘る理由を少しでも解って頂けたなら幸いです。

ここまで読んでくださりありがとうございました。

2021年4月13日火曜日

もう諦めろ

 昨日新しい仲間が増えました。

今回、私の動画を観て何かを感じて頂けたようですが、太極拳を選んだのは"今から始められて老後も続けられるもの”として選ばれたとのことでした。
私が太極拳を始めたのも体力低下に強い危機を感じたからですが、当時太極拳を選択したことは間違いなかったと今も思います。

その理由は、
「覚えたことが無駄にならず一生続けられるから」です。

ヨガや気功もいいのですが、老化は足から始まります。
ヨガを2年続けて行っていたこともありますが、その頃は足腰を鍛えるため毎日太極拳とウォーキングも同時に行っていました。

更に足腰強化のためにジム通いしアクアウォーキングも行っていましたが、今思えば太極拳はそのすべての要素を含んでいたと感じます。

今回、入会された新会員さんは足腰が衰えてい行くお母様の姿を見て"老化は足から始まる”ということを強く感じられたようです。

その夜は個人レッスンでした。

指導しながら感じたことですが、
太極拳の稽古は体のところどころに存在する力みを取り去っていく作業だと思います。

肩の力が抜けたと思えば今度は手首に力が入り、手首の力が抜けたと思えば今度は足首に・・
ということで、あちらことらに力みが移動していくようです。

私はそんな力みに対しこう言いたいです。

「もう諦めろ」と。

今まで力に頼って生きてきたから体は無意識に力を捨てさることを恐れるのでしょう。
抜いても抜いても体の中で逃げ回っているようにみえます。

だから、自分自身に諦めることを言い聞かせるしかないと思います。

力が抜けきると、体の中に流れる気のエネルギーを強く感じるようになります。
そして今まで使ってきた力とは別次元のチカラを使えるようになってきます。

このチカラは武術としての破壊力だけではなく、自身の生命力、治癒力を高め、楽器演奏、声楽、舞踊、各種スポーツ等、様々な分野で活かすことが出来、その力は無限大となります。



2021年3月23日火曜日

太極拳をやりたくて始めたのではありません!

私が太極拳を始めたのは、太極拳をやりたかったからではありません。

IT革命と言われた2000年、当時私は最先端のビジネスをしていました。
電話とファックスのやりとりをやめ、通信手段をすべてEメールかチャット、掲示板等で行っていました。
グループチャットでミーティングすることを当時はサテライトミーティングと呼んでいました。

商談するために人と会うことをやめ、これらのツールをふんだんに使い自宅から一歩も外に出ず、20年前に年商5000万円を稼ぎ出していました。
今ではYouTube等で高額収入を得ている人もいますが、私は20年前に月収250万円だったこともありました。
別に自慢ではありません。時代に乗ったというだけです。

確かに金銭面では裕福になりました。
友人もたくさんいました。
しかしそれに引き換え大きな問題が発生しました。

腰と肩の激痛と、ひっきりなしに起きる激しい頭痛でした。
それにあれほど良かった視力がどんどん低下し、遠くの物が見えなくなってきました。
更に体力が著しく衰え、5分も歩くと立っていることすら出来なくなり、所構わずその場にしゃがみこんでいました。
ほとんど外に出ずパソコンに向かう時間が増えた結果です。

流石に危機感を感じました。
30代にして80代のような体になってしまったのですから。

それともうひとつあります。

対人恐怖症です。
人と会わなくなったので、人と合うのが怖くなりました。
それまでは毎日100件飛び込み営業し、講習会のゲストとして数百人の前でスピーチもしていました。
その私が、コンビニのレジで目も合わせられないほどになっていました。

さすがにこれではマズいと思いました。
そして同時に思いました。
かつての輝いていた頃の自分を取り戻したいと。

私は自分を取り戻すための方法を探しはじめました。
そして辿り着いたのが公民館の貼ってあった太極拳の張り紙でした。
私はそれを見てすぐに申し込みました。

太極拳がやりたかったわけではありません。
衰えた体力を元に戻したかったのです。

私は良い師に出会いました。
太極拳の型だけではなく、様々な技術や技を教えてくださる素晴らしい師でした。
私はどんどん太極拳に嵌っていきました。

気が付けば、腰痛、肩こり、頭痛も消え、人と接することが楽しくなってきました。
停滞していたビジネスも上向きになり、収入も安定してきました。

どうやら私は自分を取り戻したようです。
私は太極拳と師との出会いに感謝しました。


今でこそ私は太極拳の道場を2つ経営する会の代表になりました。
しかしそうなる8年前までは単なる一生徒でした。

私は太極拳をやりたかったから太極拳をはじめたのではありません。
そして先生になりたいから今の会を起こしたのでありません。

遠く離れた地で教わった師の太極拳を奈良でも一緒に出来る仲間が欲しいという小さな願いがありました。
2~3人でも良かったのです。
共に楊式太極拳をやる仲間が欲しかったのです。

なぜならその楊式太極拳によって私は生まれ変わることが出来たからです。
それを共有し合い共感しあう仲間が欲しかったのです。

その後、私の元に500人近くの人が訪れ、私の太極拳を楽しんでくれました。
師もそのことを心から喜んでくださりました。


人間は歳と共に老化し、体力が衰え、思考力が衰え、そしてたくさんの病気を抱え込むようになります。
私はそれに歯止めをかけたいと思いました。
30代にして80代を経験したからこそその気持ちが強くなったのでしょう。

太極拳を続けてきた今はどうでしょう?

老化が一切怖くないし、それどころか老化が楽しみでもあります。
体力と脳力が低下しても、そのことが逆に好転し、
無の力によって、今までにない大きな力を出すことが出来るようになりました。

太極拳を始めると老化は老化ではなく進化に変わります。

私の体験を読んで頂きどう思われましたか?

歳と共に衰え、何もできなくなる自分を悲観しますか?
それとも進化する自分を歓び、人生を謳歌しますか?

師が教えてくださった太極拳は、若返りの秘法だったのです。



2021年3月17日水曜日

一式の中に

太極拳は熟練者であればあるほど、套路をゆっくり練ります。
誰かから与えられるわけではなく、自然とゆっくりを求めるようになるという感じでしょうか。

それはきっと「覚える太極拳」から「感じる太極拳」を求めるようになるからだと思います。

覚えるだけの太極拳ならスピードはあまり関係ありません。
しかし感じようとするなら限りなくゆっくりを求めるようになります。

伝統楊式太極拳は全部で85式で成り立っていますが、
85を覚えることから、1式の中の情報をたくさん得たいと思うようになります。

例えば単鞭。
今の自分の単鞭にどれほど満足しているでしょうか?

単鞭には、それに求められる膨大な情報が詰まっており、
更にその用法も無限大にあります。

当て身、崩し技、関節技・・
軽いジャブ程度の技から、死に至らせるまでの恐ろしい殺人技まで、
単鞭には限りない情報が詰まっています。

ここにカツ丼があるとします。
最初はカツ丼がおいしいかどうかを意識すると思います。
しかし徐々に舌が肥えてきて、カツ丼全体のおいしさから、米一粒の味にこだわるようになると思います。

太極拳も同じで、ごはん一粒一粒を吟味したくなるように、一式一式を大切にするようになります。

熟練者であれば起勢ひとつとっても全然動きが違います。
さらに言えば、立ち方からして全然違います。

それはひとつひとつの動作に拘った結果なのです。

漫然と套路を通しているだけでは決してその動きになることはないし、たくさんの宝が詰まっていることにも気づけないでしょう。

太極拳には宝がいっぱい詰まっています。
それを発見できるかどうかは套路の練り方次第です。

普段歩いている道の下にたくさんの宝が埋まっていたとしたらどうでしょう?

今後もっともっとたくさんの宝を見つけるため
毎日ゆっくりゆっくり套路を練っていきたいと思っています。