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2025年4月19日土曜日

負ける気で挑め

 今日、弟子にいくつかのことを教えました。

「力を使うな」
「相手のペースにのるな」

この二つです。

歴の浅い人はどうしても力を使ってきます。
その力に対し力で対抗していては
いつまでたっても太極拳を知ることは出来ません。

「負ける気で挑め」という感じです。

だから、「力を使うな」と
「相手のペースにのるな」は同じ意味なのです。

太極拳では、力を使わず見えない力を使う。
これが「用意不用力」の意味。

(具体的には丹田を使いますが、長くなるので今回は割愛)

また「相手のペースにのるな」と言っても自分本位に動くことではありません。
相手のペースにのらないためにも「相手に合わせる」のです。

これを捨己従人(しゃきじゅうじん)と言います。
己を捨てる。
我を捨てる。
無我無心の状態になる。

とにかく、何も考えないこと。

そして、その結果が引進落空(いんしんらっくう)となります。

相手はいつまで立っても空を打つことになります。

これらの動きはすべて自分がコントロールしている状態です。
相手のペースではありません。

太極拳で是非とも身に付けて欲しい力です。

とにかく今日を限りに力を使わないと誓いを立てることです。

そうすれば自分の太極拳が急激に進化します。

#脱力 #ゾーンに取り込む #捨己従人 #引進落空 #用意不用力



2024年9月13日金曜日

若さ自慢

本日も朝から深夜までフル稼働でした。

花吉野での講座は今日は小人数でしたが、一人一人丁寧に姿勢を直すことが出来ました。

長年気功を実践するとどうなるかというお話と、
それによって丹田がどうなるかというのを手で触って感じてもらいました。

いつも言われることですが
「先生のお腹はゴムまりみたい」

突いても殴ってもゴムのように跳ね返され、逆に打った方が手を痛めることすらあります。
いつのまにかこのような腹になりました。

話は変わりますが、
当会で現在稽古に参加されている方で最年長は76歳のHさんです。
毎週他府県から往復4時間掛けて稽古に来られますが、そのことを全く苦にすることもなく、理由にすることもなく、しかもとても意欲的に稽古されています。

私が太極拳を皆さんに伝えたいのは、死ぬまで人生を楽しんで欲しいからです。

歩けなくなったらどうなりますか?
行きたいところにも行けなくなります。

寝たきりになったらどうですか?
好きなことは何も出来なくなります。

老化は足から来ると言われますが、その足腰がビックリするほど鍛えられるのが太極拳です。
しかも高齢からでも始められるのが高齢者の太極拳愛好家が多い理由です。
太極拳をされている方は年齢問わずとても元気です。

私は自分の年齢を言うと皆から若いと驚かれます。
これが私が太極拳をやる理由です。

前回もお話しましたが、
太極拳を始める前は5分と歩けなかったのに、
今では延々と歩けるし、階段を掛け上がり、
走っている学生たちを追い抜くことも出来ます。

信じられますか?

特別なトレーニングは一切やってません。
太極拳しかやっていません。
で、この体とこの若さです。

こんな風に太極拳をやっていることによって若さを自慢できる人になって欲しいというのが私の願いです。

Hさんは最年長でありながら歳を理由にされたこともなければ、
若い人に負けないぐらい稽古の時に懸命に吸収しようとされます。
疲れた顔を見せたり、
落ち込んだりしているのを見たことがありません。
いつもキラキラされています。

因みに私の両親は80代後半になりますが、歳を理由にしたことは一度もありません。
父に関しては、ちょっとでも気を使おうとすると「年寄扱いするな!」と怒られる程です。
しかも私より歩くのが速い!

母に対しても歩けない時、手を貸そうとしても頼ろうとしません。
もう頼ってもいいのにと思うのですが、まだまだ気持ちは若いようです。

両親は兎も角、
歳を理由にせず努力されている人生の先輩を見ると心底カッコいいと思うし、
本気で見習いたいと思います。

「歳だから」
ではなく
「歳だけど」
と言えるようになりたいです。

そうなれるのが太極拳です。

私がその生き証人となります。
是非ご一緒に太極拳で人生を謳歌しましょう。





2024年5月1日水曜日

太極拳は足

本日、初級クラス、個人レッスン3つ無事終わりました。

今日感じたことは、歩法の重要性です。
「太極拳は足」と言われますが、長く太極拳をやっていると本当にそう思います。

実際に発勁する時、手で押そうとしますが、これでは十分な力は出せません。

発勁は天地と調和した状態から一気に足裏から接触点までの圧を高める感じになると思いますが、その時に重要になるのが「足」です。
なので、単に足を前にストンと置いて体重を載せるだけではダメなのです。

歩法はきれいに歩くためではありません。
十分なパワーを引き出すために重要な要素です。

このような正しい歩法を身に付けると足腰が驚くほど鍛えられ、ちょっとやそっとではコケない体を作ることが出来ます。
老後に向け是非身に付けたい力です。

もうひとつは勁力の波です。

勁力というのは考えて出せる力ではなく逆に考えないで出せる力です。
だから考えてひょいと引き出せる力ではありません。
故にその感覚を体で覚えるしかないのです。

「パワーが出ない」
「パワーを出そう」
「今日は調子が出ない」
どれも雑念です。

こんなふうに雑念が沸くと力が分散してしまいます。
力を集めるには、何も考えないことです。
欲を出さないこと。
頭も体も空っぽにすれば、「何か」が体に中に入ってきて、そして出て行きます。

因みに「空っぽにしよう」とも考えてはいけません。
難しいですね。

#奈良 #気功 #太極拳 #勁力 #歩形 #歩法 #脱力 #無



2024年3月24日日曜日

弱さを認める

自分の弱さを認める。
弱さを隠そうとしない。

イイカッコしたがる人がいますが、
イイカッコしようとする心そのものがすでに力んでいる状態なのです。

背伸びしようとすれば足が疲れます。
イイカッコは疲れるのです。
それなら踵を降ろし足裏全体を地に着けた方がラクではないですか?

私の場合、常にありのままの自分でいるよう心掛けています。

「先生らしくない」と思われているようですが、構いません。
世界中に無数の先生がいる中で、
一人ぐらい先生らしくない先生がいたっていいじゃないですか。

だから、今後も立派な人を演じるつもりはありません。

そもそもイイカッコしたところで何のメリットもありません。

そう言いながらも
全くそういうところがないかといえば、そんなことはありません。
やはり人間ですからカッコつけたい時もあります。
しかしそういう時に限ってミスします。
これが余計にカッコ悪い。

自分の弱さを認めましょう。

そうすれば肩の力が抜け、
体全身の余分な力が消えていくでしょう。

ここからが太極拳の本当のはじまりです。

さあ、
弱くて、
力も抜き切った自分に何ができるでしょう?

この時に太極拳の本質が見えてくるはずです。

太極拳やりたかったら、
イイカッコしたり、
やせ我慢したりのをやめましょう。

自分の弱さを認めることが太極拳の強さのはじまりなのです。



2023年11月29日水曜日

人生60から

昨日の自立支援講座の時、冒頭でお話したことですが、
20年前、心も体力も衰え燃え尽きを感じていたあの頃からは
想像出来ないほどになりました。

39歳の若さで燃え尽きる?

30代はそれほど頑張りました。

24時間働くつもりでベッドを捨て、
24時間電話対応し、
必要とあらば夜中でも車を走らせるという感じで
毎日突っ走っていました。

あっという間に650人のリーダーになり、皆が私に付いてきてくれました。
YouTubeもSNSも何もなかった時代に年商5000万円に。

その後日本と海外の二重生活をすることが出来たし、
貧乏時代にはとても手の届かなかった外車も手に入れました。
そのお陰でしばらくの間は優雅な時を過ごすことが出来ましたが・・

その後一気に転落。

鋼のようなメンタルもガラスのようなメンタルになり、
人と会うのも怖いと感じるほど堕ちました。

原因は燃え尽きだけではなく、体を動かさなくなったことです。
当然収入も急落し、借金生活に。

その頃は階段どころか歩くことすら出来なくなり、
頭ばかり使っていても体を使わないとこうまで体力が落ちるんだと思い知らされました。
当時は階段を3段程登るともう息切れしてましたから。

もう、本当にヤバイと思いましたね。

しかし今はどうでしょう?

階段を見るとげんなりしていた私が階段を見ると気分が上昇してくる。
血が騒いでくる。
そして、ガンガン駆け上がります。
1段飛びで駆け上がっても息切れもしません。

太極拳本当にヤバイです。

歳を取ればとるほど、体力が落ちるのに、太極拳を始めると確実に時間が逆行します。

それにどうでしょう?
燃え尽きていた心に火が付き、
還暦になろうとする今、何か「大きなことをやりたい」という気持ちにすらなっています。

私が太極拳の効果を証明するのは今までだけでも語りつくせないほどありますが、
これからもっともっと実証していきます。

口先だけで「太極拳は健康にいい」などと言いたくありません。

身をもって示すのが私のやり方です。

10代20代の頃、横断歩道では常に先頭に立ち、一番前を歩く。
人ごみをかき分け颯爽と歩く。
そんな感じでしたが、40年経った今同じような感じになっています。

「人生60から」

歳を理由に泣き言は言いたくありませんし、
そう自信をもって言えるようこれからも実証していきます。

太極拳は心と体と脳を鍛えます。

いつまでも若々しさを保ちたい方は
ご一緒にやってみませんか?



2023年11月19日日曜日

転身は遊びながら身に付ける

転身方向は様々です。

欄雀尾左掤(らんじゃくびさほう) 90度
単鞭(たんべん) 180度
進歩搬欄捶(しんぽばんらんすい) 45度
抱虎帰山(ほうこきざん) 135度
双風貫耳(そうふうかんじ) 22.5度
転身右踵脚(てんしんみぎとうきゃく) 225度
玉女穿梭(ぎょくじょせんさ) 270度
轉身擺蓮(てんしんはいれん) 360度

この転身方向で苦労する人は多いようです。

ただ、この角度、
実戦では必ずしもこうなるとは限りません。

それもそのはず、
敵はどこから攻めてくるかわからないし、
敵がその場でじっとしているとも限らない。

だからこの角度はあくまでも套路上での角度であり、
実際は自由に転身出来なくてはならないのです。

因みに私は玉女穿梭で540度転身することが出来ます。
いわゆる1回転半です。
足で回ろうとするのではなく、
軸と丹田だけ意識していればどの方向にも自由自在です。

こんなふうに遊び心をもって練習すると上達が早くなります。

***

暗い顔したり、しかめっ面したり、眉間にしわ寄せて練習している人もいますが、
上達が遅れるだけです。

表情は心の状態をそのまま表しています。
顔の表面に力みが生じると
上丹田も中丹田も塞がってしまい、うまくいくこともいかなくなるのです。

私は稽古中にあからさまに叱り飛ばしたりすることはありません。
場の雰囲気を壊して空気を硬くしたくないし、本人の立場もあるからです。
しかし伝えるべきことはしっかりその場で伝えます。
冗談で言っているようで実は本気なのです。

暗い表情に好機は訪れません。
鏡を見てまず笑顔をつくることから始めてみるのがいいでしょう。

冗談のようですが間違いなく太極拳も人生そのものも激変します。



2023年6月22日木曜日

結局のところ太極拳はなんなのか?

結局、太極拳はなんなんでしょう?

体操?
スポーツ?

いいえ、
「武術」です。

ではなぜ体操として普及したのでしょう?(普及させたのでしょう)

それは…

とてつもなく
「強い」からです。

こんなのが発祥国で普及してしまったら、
政府は国民を制圧できなくなります。

太極拳は実際に技を掛けてもらわないと本当の凄さは絶対に解りません。

かくいう私も太極拳を始めた初日、
「これは踊りか?」と完全になめていました。

私が太極拳に対してここまで本気になれたのは、
師が私を投げ飛ばしてくれたからです。

もし、最初のイメージ通り、踊りや体操であったならとうに辞めていました。

あれから20年経ちましたが、
師への感謝の気持ちは霞むどころか、
どんどん鮮明になっていきます。

親に「生んでくれてありがとう!」というように
師に「投げ飛ばしてくれてありがとう!」大声で言いたいです。

#太極拳 #体操 #スポーツ #武術







2023年5月16日火曜日

30グラム

 「手が触れる圧は30グラム」

稽古で推手を行う時、いつも言うことです。

もっと言えば0グラムの時もあれば2000グラム以上の時もあります。

条件は一切力を入れないこと。

太極拳の技はこの0~30グラムから生まれます。

私の場合、楊式推手の場合は10グラムぐらいを保つように意識しています。
10グラムは100円玉2個ぐらいの重さです。

「この重さで相手を崩すことができるか?」と言うことを常に考えています。

自転車のハンドルを握る時。
車のハンドルを握る時。
傘を持つとき。
スマホを持つとき。
ドアを開ける時。
エレベーターのスイッチを押す時。
ドライヤーを持つ時。
歯磨きをする時。

あげだしたらキリがありませんが、
こういうった時でも常に最小限の力を使って扱おうと意識します。

私は武術オタクではありません。
同じオタクでも伝統オタクです。

今年還暦になる私ですが
この歳になってくると派手なアクションより地味なアクションを好むようになります。

しんどいことはしたくない。

だからいかに力を使わず、
息を乱すことなく
動くことができるか?
ということを常に意識して生活しています。

練習時間がない。

本当にそうでしょうか?

武術家達は生活そのものが鍛錬であり、
生きることそのものが修行だと考えます。

話を戻します。

推手の時、手が触れる圧は30グラムと言いましたが、
双辺太極拳の時は違います。
恐らく相手には2キロいや、
5キロ以上に感じているのではないでしょうか?

相手は重さに対し体を支えきれず崩れていきます。

力は入れません。

それを証明するために私は袖をまくって腕に力が入っていないことを見せます。
前腕は筋張っておらず、力こぶしはふにゃふにゃ。

この違いは「何を意識するか?」です。
意識次第で自分の体を変幻自在に変えることが出来るようになります。

かくいう私も道半ば。

この世界は面白すぎるので
死ぬまで修行をやめられないと思います。



2023年3月24日金曜日

牽制しない威嚇しない

動物や昆虫等、生き物の世界を見ていると
弱い生き物こそ牽制したり威嚇したりします。

強い生き物はしませんし、
されても相手にしません。

太極拳では相手を怯ませるようなことをあえてしません。
相手を理解し受け入れます。

もし相手が攻撃してきたら、やわらかく受け入れそっと技を掛けます。
痛みはありません。

すると相手はそれまであった闘志がどこかに消えてしまいます。

そのような太極拳に到達することが当会の目的です。

敵視は敵視、
力は力を呼ぶだけです。

そもそもこれら自体が自分が勝手につくり上げた妄想なのかもしれません。

相手を見る。
そして理解する。

太極拳の考え方です。



2023年3月23日木曜日

発勁力の開発

昨日の武術班では、
纏絲勁(てんしけい)
螺絲勁(らしけい)
抽絲勁(ちゅうしけい)

これらの違いをレクチャーしました。

これらを説明するのにどれだけ言葉を並べても理解するのは不可能でしょう。
実際に体験してみるしかありません。

流派によって解釈が異なると思うので、あくまでも私が学んだ理論となります。

纏絲勁(てんしけい)は相手の力を無力化する力。
螺絲勁(らしけい)は螺旋の動きによって発勁を増大させる力。
螺絲勁(ちゅうしけい)は丹田と気のパワーを用いた螺旋の力。

M子さんの腹に触れた状態から気を打ち込みます。
触れた状態で打つことを暗勁(あんけい)と呼びます。
打たれたM子さんはその場で蹲り
腹だけでなく胸から下腹部に至る広範囲にその衝撃を感じたようです。

Uさんには思いっきり腹筋に力を入れてもらいました。
まず拳を腹に触れた状態で気を打ち込みます。
その瞬間体が後ろへ崩れ、それ相応の衝撃を感じたようです。

しかし腹筋に力を入れた状態であればより効果的な方法があります。
それが寸勁です。
一寸(約3センチ)の位置から打ち込みます。
どれほど腹筋に力を入れてもこの勁は腹を貫通しその衝撃は背中まで伝わります。

Uさんの体は大きく崩れ、
そのまま蹲りしばらく立てなくなってしまいました。

寸勁を打つ時は十分力を加減しなくてはいけません。
想像上ではいくらでもパワーが出せる感覚があるからです。

力は有限ですが、勁は無限だからです。

決して拳を振り被ることなく、
力を入れることなく、
瞬間的に目に見えない力に突き動かされ砲弾の如く拳が発射されます。

なぜこのような打ち方が出来るのか解りません。

それもそのはず、考えて打つのではなく、
膨張した丹田のエネルギーが
一瞬の意識でトリガーが外れ気が発射されるような感じだからです。

「打つ」ではなく「外す」という感覚です。

かなり恐ろしいパンチです。

寸勁、またの名をワンインチパンチとも呼びます。

これら浸透する力を浸透勁(しんとうけい)と呼びます。

とまあ、こんな風に説明してもやっぱりよく解らないと思います。
煙を掴むようなもので、実態がないからです。
結局、実際に体験してみるしかないのです。

因みに私は楊式太極拳で使う抽絲勁を立禅と套路で鍛えました。
寸勁は三体式站椿功と五行拳で鍛えました。(まだまだ未熟ですが)

突きの練習は一度もしたことがありません。
突くために突く練習をせずに、ひたすら立つ練習と歩く練習をしました。

その時に、美しく動こうとか、
きれいに動こうとか、
派手なパフォーマンスをやろうとか、

そのような自意識や他意識等の雑念があると勁力は遠のいていきます。

これは私自身が何度も経験したことで、
他意識(自己顕示欲や承認欲求等)があると確実に勁力が落ちます。

そもそも「無」とは雑念のない状態です。
これらの勁は間違いなく無の状態から発せられます。

太極拳が動禅と呼ばれる所以が解ります。



2023年3月2日木曜日

単鞭が片方しかないのはなぜ?

先日ある会員さんにこんなことを尋ねられました。

「なんで単鞭って片方しかないんですか?」

私は即座に「全く必要がないから」と答えました。

そもそも単鞭の技をこれまで何度も使ってきて
「逆もあったらいいのになぁ」と思ったことがありません。

ここで思い浮かべるのがお箸です。

左利きの人は例外として、
左手で箸を持って右手で茶碗持って食べたいと思うでしょうか?
弓を構える時も右手で弓を持ち右手で矢を放ちます。
ギターを抱える時も左手で指板を抑え右手で弾きます。

単鞭で言うなら、左手が開掌の方が何かと応用が利くし、
鉤手は圧倒的に右の方がいいですね。
左手だとイマイチパワーが出せません。

それに「掌=受け、拳=突き」という考えも捨てた方がいいでしょう。
逆でもいいのです。
単鞭も左右の手はそのままで、掌で捌き鉤手で打つという用法もあります。

こんな風に太極拳の動作に疑問を持つことはとても大事だと思います。

ただ与えられたものをそのままやるだけでは
太極拳を100%楽しむことは出来ないし、
勁力をつけることも出来ません。

因みに発勁とは腕力で出す力とは違います。

流派によって捉え方は様々でしょうが、発勁の発動源は丹田であり、
丹田が動けば体内の重さが体の中で揺れ動き、それが波のように相手に伝わっていきます。
実際に比べてみれば体に受ける感覚は明確に違います。

長年太極拳を研究すればするほど、
本当によくできた武術だと感嘆するばかりです。



2022年8月29日月曜日

楼膝拗歩の秘密

楼膝拗歩(ろうしつようほ)は太極拳では基本かつ汎用性の高い技のひとつです。

この楼膝拗歩についてですが、
何度指導しても打つ前に掌を前に向けてしまう会員さんが多いです。

そもそもなぜ打つ前に掌を前に向けてはいけないのでしょう?

太極拳という武術はいかに敵を欺くかが鍵となります。
いわば手の内を見せてはいけないのです。

勘のいい人ならもうお気づきですね?

ひとつ例をあげるなら、投手が変化球を投げる時、球の握り方をグラブで隠しますよね?

それだけではありません。
掌を前に向けない理由はまだまだあります。

気の流れる方向
力学的な理由
呼吸との関係
丹田との関係

等々。

楼膝拗歩に限らず、套路の順番を覚えたら、今度は一式一式丁寧にやることが大事です。
そして、その動作の意味を探求することも大事です。

私が最初、太極拳に魅力を感じたのは、その動きが闘っているようにみえないところでした。
それこそが太極拳で最も重要なことなのです。

#楼膝拗歩 #楊式太極拳 #呼吸 #丹田 #気の流れ



2022年5月30日月曜日

立ち方が変わると太極拳が変わる

今日も朝から晩まで稽古を行いました。
午前稽古、推手レッスン、オンラインレッスン2つ。

午前稽古では十字手の用法練習を行いました。

大事なことは相手の手を掴まないこと。
どちらかといえば相手に手を掴ませること。

普通逆ですよね?

これこそが太極拳の面白いところです。

今日は関東のEさんのレッスンを行いましたが、当会でオンラインレッスンを始めて約1年と9か月。
休会中の会員を省き現在当会では最年長になります。

2年経たずして双辺太極拳2段まですすみました。
これには驚きましたがもっと驚いたのは立ち方です。
かつての立ち方とは全く違います。

簡化太極拳等をされている方の蹴り動作を見ていると、力で脚を上げているのが見てすぐに解ります。
見た目は美しいのですが、外から触れられると耐えられずすぐに倒れてしまうでしょう。
しかし丹田で立つと、相手に触れようが蹴られようが崩れることはありません。

何故でしょう?

伝統拳は闘うための太極拳だからです。
闘うための太極拳が相手に触れられたぐらいで倒れていたら命がいくつあっても足りません。
片足で相手の蹴りを捌き片足のまま蹴り返します。

健康増進に関しても武を意識して太極拳に取り組めば、怪我をすることも病気することもなくなります。

太極拳は自分自身を強くすることの出来る武術なのです。



2022年3月15日火曜日

パワーのかたち

今回、師に稽古をつけて頂いて、改めて感じたことは、太極拳の勁(力)に形はないということ。

師が套路をやり出すと毎回動きが違います。
掌形も違います。
足運びも違います。
架式も違います。
向きも違います。

真似ようとしても決して真似られません。

それもそのはず、時間は絶えず流れているように形もどんどん変化します。

太極拳の勁(力)の出し方は「アメーバのように」とよく例えられますが、
太極拳で形を求めることはアメーバに形を求めるようなものです。

形を脱した師の動きは大きく膨らんで見えます。
その動きに一瞬の隙もありません。
毎回動きが違うのにも関わらずです。

形をとるか?
勁をとるか?

いずれも形を整えようとしてはいけません。
出て来るパワーがリアルに形となって現れるという感じです。

では師から何を見て盗むか?
出ている氣です。

書籍でもDVDでも動画サイトでも絶対に得ることが出来ないものです。

これが一番大事だと思いますし、この氣を感じさせてくれることが何より勉強になります。
そしてこれ以上有難いものはありません。



2022年3月3日木曜日

型を覚えることに終始していませんか

型を覚えることに終始していませんか?

型は太極拳の力をつけるための鍛錬法です。
だから、準備体操を覚えるように套路もさっさと覚えてしまいましょう。

套路で質を上げようとすることも大事ですが、
套路の中だけで質を求めても太極拳そのものの力を出せるようにはなりません。

推手と散手と並行してやること重要で、それにより総合的に質を上げることが出来ます。

最初の頃は套路を一通り覚えると嬉しいものですが、
私の場合は新しい套路を覚え終わった時点では「ようやく準備が出来た」としか思いません。

料理で例えるなら、食材を洗って切っただけの段階。
調理するのはこれからです。

型を覚えることを目標にするのは自由ですが、
目標がそこである限り何十年やっても自分の太極拳が変わることはありません。

太極拳の一般的なイメージは体操か舞踊かスポーツです。
武術だと思っている人がどれだけいるでしょう?
いくら言葉で武術だと訴えても、技や勁を使えなければ武術ではありません。

剣道、空手、合気道など武道は徹底的に技を磨きます。
技が鮮やかに決まると見ている方も気持ちいいものです。

しかし太極拳は美しく型を演じることを目標としています。

なぜでしょう?

もしかしたら強い太極拳を弱体化させるためなのかもしれませんね。

太極拳を本来の強い武術に戻しましょう。
太極拳の魅力は力を必要としないので、一生、心身共に強くすることが出来ます。
これは誰もが願っていることではないでしょうか。

是非一度、当会の太極拳を体験してみてください。

「太極拳って武術だったんですね!」
と驚かれる方が多いです。

そのようなわけで、
男女問わず技が使えるよう楽しみながら稽古しています。





2022年1月28日金曜日

解らないと言えること

あくまでも私の場合ですが、

解らないことを解らないと言える武術家が一番カッコいいと思います。

実際そうなのです。

経験していないものを頭の中で分析したり推測するのは自由ですが、
それを最もらしく言うのは違うような気がします。
門派が違えば、技も技法も力の使い方も違うからです。

例え、同じ太極拳でもひとくくりにしてしまってはいけないと思います。

私の専門は楊式太極拳ですが、
陳式太極拳や呉式太極拳の先生とお手合わせさせて頂いた時、楊式とはかなり違うことを知りました。
呉式太極拳は楊式太極拳から派生したものなので共通する部分は多いですが、とはいえ、やはり違います。

やはり長年学ばねば解らないことが多く、
その威力は実際に手合わせしてみなくては解りません。

楊式以外には双辺太極拳も修練していますが、
その他にも陳式、呉式、孫式も少しだけ学びました。

とはいえ短い套路を覚えただけです。
勁の使い方や戦術は知りません。

他流の動画等を拝見すると凄いなと思うものばかりですが、
確かにそれらとの共通点を見つけることも出来ます。

しかし、それはあくまでも視覚的な情報だけであって、実際に技を掛けられてみなくては、その本質は決して解りません。

だから、私は憶測だけでそれらを決定づけることはしませんし、
もしかしたらその憶測ですらその流派の技(罠)かもしれません。
少なくとも楊式太極拳にはそのような技が数多く潜んでいます。

他の武術や武道経験ある人が当会の稽古を経験すると、
まず楊式太極拳の技にとてもビックリされます。
いわゆる「想像と違った」ということです。

太極拳と柔術は共通点が多いですが、それでもやはり違います。
太極拳は本来、陰陽論を元に仙道から生まれた武術なので、物理学の他に霊子力学が含まれます。
これも実際に経験すると、今までに経験したことのないような驚きと恐怖を感じます。

だから推測したり模索しても無駄なのです。
そもそも推測で解ってしまったら武術ではありません。

合気道の技を掛けてもらったことがありますが、見た目のダメージはそれほどでもないように見えますが、腕を掴まれた瞬間にかなりの痛みが走ります。

柔術である心眼流もその名称とは裏腹に技を掛けられると骨を砕かれるような痛みを受けることになります。

経験しなくては解らないことです。

その他にも心意拳、形意拳、意拳、陳式太極拳などの内家拳の先輩や先生方とも手合わせさせて頂いたことがありますが、流派が異なるだけのことはあり、それぞれに独特の技法があります。
決してひとくくりには出来ません。

心意拳の崩拳を喰らうと、翌日までその痛みが続きます。
八卦掌の穿掌をまともに喰らい激痛が2週間続いたこともあります。
形意拳の勁返しを喰らって1年以上痛みが残ったこともあります。

とにかく動画を観ただけでは決して解りません。

だから他流の方との交流ではそれらのことをリスペクトすることが大事だと思います。

解らないことを解らないというのは大事だと思います。

私の場合は解らないとハッキリ言います。
解らないことを解ったように言うのは嘘になるからです。
その嘘がバレるのは時間の問題でしょう。

動画だけでは解らないことが多すぎて解析すら出来ないことも多々あります。
だから、ただただ凄いとしか言えません。

そもそもぱっと見で、手の内が解ってしまうのであれば、
功夫もまだまだそこまでということになるでしょうから。

他流の魅力はやはり想像の裏にある秘密(秘伝)にあると思います。



2021年6月29日火曜日

太極拳と形意拳のふしぎ

週明けは午前クラスと午後からは3つの個人レッスンでした。

来月から月曜午前クラスを隔週から毎週にしますが、午前クラスは清々しくて気持ちがいいです。

7年半前この会を始めた時は会員全員が楊式太極拳をしていましたが、今では武器や形意拳など同じ空間で様々な稽古をしています。
ようやく当会も内家拳の武術道場らしくなってきたなぁと感じる瞬間です。

午後からは楊式剣の指導をしましたが、
「なぜ刃を立てるのか?」
「なぜ刃を寝かせるのか?」
そのようなことをレクチャーしながら稽古しました。

「あんなペラペラの剣でなにが出来る?」と嘲笑う者もいましたが、そうやって油断させることも戦法の一つなのでしょう。

自分が信じるものに固執するあまり、他のものを柔軟に見ることが出来ないことがありますが、どの流派も強い者が強いと私は思っています。

また、人は知らないことに対し恐怖感を感じるので、知っていることの枠に入れて考えようとしますがそれも危険です。
知らないものを知らないと素直に受け入れることが大事であるということはこれまでの人生で何度も経験してきました。
「知らないことを格好悪い」という定義は自分が勝手につくり出しているものであり、それによって確実に成長を止めてしまいます。

夜は形意拳を中心に稽古しました。

いつも言うことですが中国武術に於いて座ることは大事です。
私が武術をはじめて一番最初に驚いたのはそこでした。

今までに見たこともない不思議な歩法、
そして、立っているのに座るような姿勢。

その美しさにも魅了されましたが、それと同時にどんな意味があるのかという好奇心を掻き立てられたものです。

そんな中、龍形拳の蹴りの威力を知りたいという好奇心が湧いたので、
ミット打ちでそれを検証してみました。
かつて空手を少しやっていたので、前蹴りと龍形の蹴り技の威力を比べてみました。

こういう実験は実におもしろいです。
どちらも威力があるのですが明らかに威力の質が違います。

戦車で例えるなら前蹴りは大砲で打ち砕く感じで、龍形は車体そのもので体当たりする感じでしょうか。
華麗に見える前蹴りに対し、一見野暮ったく見える龍形の蹴りは見た目以上のパワーでした。

最後のレッスンは扇通背(せんつうはい)を中心に稽古しました。
これに関しては手の動きと形がなかなか難しいです。
しかし太極拳戦闘理論に基づいた用法が解ればその動きの意味を知ることが出来ます。

形を丸暗記するのもいいですが、
形の意味を知れば太極拳はもっと楽しくなるし、もっと修得が早くなります。

これからも私自身が「太極拳がすごく楽しい」と思えることを伝えていきたいです。





2021年4月13日火曜日

もう諦めろ

昨日新しい仲間が増えました。

今回、私の動画を観て何かを感じて頂けたようですが、太極拳を選んだのは"今から始められて老後も続けられるもの”として選ばれたとのことでした。
私が太極拳を始めたのも体力低下に強い危機を感じたからですが、当時太極拳を選択したことは間違いなかったと今も思います。

その理由は、
「覚えたことが無駄にならず一生続けられるから」です。

ヨガや気功もいいのですが、老化は足から始まります。
ヨガを2年続けて行っていたこともありますが、その頃は足腰を鍛えるため毎日太極拳とウォーキングも同時に行っていました。

更に足腰強化のためにジム通いしアクアウォーキングも行っていましたが、今思えば太極拳はそのすべての要素を含んでいたと感じます。

今回、入会された新会員さんは足腰が衰えてい行くお母様の姿を見て"老化は足から始まる”ということを強く感じられたようです。

その夜は個人レッスンでした。

指導しながら感じたことですが、
太極拳の稽古は体のところどころに存在する力みを取り去っていく作業だと思います。

肩の力が抜けたと思えば今度は手首に力が入り、手首の力が抜けたと思えば今度は足首に・・
ということで、あちらことらに力みが移動していくようです。

私はそんな力みに対しこう言いたいです。

「もう諦めろ」と。

今まで力に頼って生きてきたから体は無意識に力を捨てさることを恐れるのでしょう。
抜いても抜いても体の中で逃げ回っているようにみえます。

だから、自分自身に諦めることを言い聞かせるしかないと思います。

力が抜けきると、体の中に流れる気のエネルギーを強く感じるようになります。
そして今まで使ってきた力とは別次元のチカラを使えるようになってきます。

このチカラは武術としての破壊力だけではなく、自身の生命力、治癒力を高め、楽器演奏、声楽、舞踊、各種スポーツ等、様々な分野で活かすことが出来、その力は無限大となります。



2021年3月17日水曜日

一式の中に

太極拳は熟練者であればあるほど、套路をゆっくり練ります。
誰かから与えられるわけではなく、自然とゆっくりを求めるようになるという感じでしょうか。

それはきっと「覚える太極拳」から「感じる太極拳」を求めるようになるからだと思います。

覚えるだけの太極拳ならスピードはあまり関係ありません。
しかし感じようとするなら限りなくゆっくりを求めるようになります。

伝統楊式太極拳は全部で85式で成り立っていますが、
85を覚えることから、1式の中の情報をたくさん得たいと思うようになります。

例えば単鞭。
今の自分の単鞭にどれほど満足しているでしょうか?

単鞭には、それに求められる膨大な情報が詰まっており、
更にその用法も無限大にあります。

当て身、崩し技、関節技・・
軽いジャブ程度の技から、死に至らせるまでの恐ろしい殺人技まで、
単鞭には限りない情報が詰まっています。

ここにカツ丼があるとします。
最初はカツ丼がおいしいかどうかを意識すると思います。
しかし徐々に舌が肥えてきて、カツ丼全体のおいしさから、米一粒の味にこだわるようになると思います。

太極拳も同じで、ごはん一粒一粒を吟味したくなるように、一式一式を大切にするようになります。

熟練者であれば起勢ひとつとっても全然動きが違います。
さらに言えば、立ち方からして全然違います。

それはひとつひとつの動作に拘った結果なのです。

漫然と套路を通しているだけでは決してその動きになることはないし、たくさんの宝が詰まっていることにも気づけないでしょう。

太極拳には宝がいっぱい詰まっています。
それを発見できるかどうかは套路の練り方次第です。

普段歩いている道の下にたくさんの宝が埋まっていたとしたらどうでしょう?

今後もっともっとたくさんの宝を見つけるため
毎日ゆっくりゆっくり套路を練っていきたいと思っています。



2021年2月11日木曜日

太極拳が好きな理由100

本当に好きなことならその理由100は簡単に上がると思います。

私はいくつかある流派の中でも楊式太極拳が一番好きです。

知っているだけでも、
楊式、双辺、陳式、呉式、孫式、武式、和式、鄭子等。

少なからずとも武式以外はすべて経験し型や技の研究も行いました。
そして、楊式、双辺、陳式、呉式、鄭子の5流派の方々とは直接手合わせをさせて頂いたこともあります。どの流派も素晴らしいです。

この経験は大変勉強になりましたし、今でも楊式太極拳の可能性を引き出すための研究材料になっています。

上記流派とは別に、簡化太極拳(24式太極拳、42式太極拳等)という制定拳があります。

これらを2年程経験しましたが、制定拳は前述した伝統拳を元に、その中から護身武術の要素を省き健康目的に編纂された太極拳となります。

もちろん太極拳ですから護身として使おうと思えば使えるのですが、ほとんどの教室ではこれら指導を行っておらず型中心の稽古を行っています。

このことはかつて私がいくつかの制定拳教室で学ばせて頂いた経験によるものです。

いずれも技の練習だけ行っても太極拳ではその技は使えません。

そもそもどんな技でも100人中100人に掛かる技はありません。
それでも、その技の技術を磨くための鍛錬(トレーニング)を行わなければ太極拳の技にはならないからです。

太極拳の技では力(腕力)を使いません。
それよりも大事なことは相手を感じることです。

相手を感じるためには、推手や散手による崩し合いを行わなければその腕を磨くことは出来ないですし、感じる力(気感)を強くするための気功による鍛錬も必要です。

制定拳の教室ではこれら気功、実戦推手、実戦散手は省かれ、
健康、表演、競技などを楽しむための太極拳となります。

伝統拳と制定拳、
自分に合った方が選ぶのがいいでしょう。

本題に戻します。

私は数ある流派の中でも楊式太極拳が好きな理由は100以上あります。
今、書き出しているところですが、このままいくと恐らく1000は超えると思います。
引き続き書き出して行こうと思います。

あなたは自分の太極拳の良さを100以上言えますか?

「健康にいい」「覚えやすいから」など、いわゆる受け売り言葉ではなく、
自分が感じたこととしてです。

私が楊式太極拳が好きな理由をあえてひとつあげるなら、
相手を傷つけないからです。
風のように捌き、風のように打ちます。
技をかける方も掛けられた方もすごく気持ちいいのです。

闘いと言えば、お互いに闘争心を剥き出しにし、相手を倒すことに気持ちが行きますが、
陽式太極拳は逆に興奮した相手を落ち着かせることが目的になります。(少なくとも私はそう捉えています)

とはいえ中にはかなり危険な技もあります。
それは武器を持った相手だったり、あきらかに殺意を持っている相手に対してに対応するために持っておいた方が良い技となります。(護身用の拳銃のような感じでしょうか)

いずれも、
打てば相手を更に興奮させるのは当然ですが、
太極拳では先制攻撃しません。
もし打ってきたならば技を掛けることになりますが、
打たれても気持ちいいとなれば結果はどうなるでしょう?

争いは争いを生みますが、
陽式太極拳の目的は沈静と友好です。

私が楊式太極拳をこよなく愛する理由です。