私が太極拳を始めた頃
太極拳に武器があるとは知らなかった。
楊式太極拳を必死で覚えている傍らで
先生や先輩方が木刀をもって楊式刀をされている姿に憧れた。
正直カッコいいと。
学生時代少しだけ剣道をやっていたので、
剣道とは明らかに違うその柔らかい動きにとても興味を抱いた。
それからというもの、
私は楊式刀がやりたいがために楊式太極拳を無我夢中で覚えようとした。
そのために当時通っていた近くの教室だけではなく、
先生を追いかけ遠く離れた教室にも通った。
1年が過ぎ、ようやく楊式刀を習える時が来た。
ところがそれからしばらくして
家の事情によりその地を離れなければならなくなった。
それだけに楊式刀への想いが強くなったように感じている。
新しい地に移り住んでからもずっと一人で楊式刀の練習を続けた。
先生の姿を思い浮かべながら、先生に近づきたい一心で。
そうこうしているうちに数年経ち
私はある目的を果たすため楊式刀で競技に出場することを決めた。
当時たくさんの先生方からアドバイスを頂いた。
本当にありがたいことだった。
その一方、私が教わった楊式刀とはどんどんかけ離れたものになっていった。
先生から教わった楊式刀に手を加えていくことに違和感を感じながらも
目的を果たすために来る日も来る日も練習を繰り返した。
そして私の楊式刀は教わったものとは全く違うものになっていた。
「自分ではない」
そのように葛藤しながら
自分を偽りながら
それでも必死で目的を果たそうとした。
大きな目標を叶えるため、
自分に与えられた仕事だと思って取り組んだ。
そうして、出場毎に着実に順位を繰り上げ
4度目で全国10位に。
成績も入賞レベルにまで達するようになった。
あと、0.01ポイントでメダルに届くまでになった。
しかし既に私は壊れかけていた。
心身共にボロボロになっていた。
競技で高得点を得るための過酷なトレーニングと、
それと
自分を偽ることに。
私がやりたかったことはこれではない
先生(今は師匠と呼んでいる)の楊式刀は、
足取りかろやかで力みのない柔らかい刀さばき
まるで風のようだった。
飾ろうとする意識など皆無にみえるほど、自然で、それがまた美しかった。
競技のために作り上げた楊式刀はもはや楊式刀ではなくなっていた。
演武している自分が嫌で嫌でならなかったし、
何度も吐き気を催した。
競技に求められる美しさはあくまでもつくり込んだ美。
前にも少し似たような話をしたが、
本物の夕焼けとCGで合成された夕焼けとどちらが感動するだろう?
やはり自然には敵わない。
人もまた、自然体が一番美しいと思う。
目的は果たせなかったが、
私はこれで良かったと思っている。
あのまま、メダルを取りに行こうとすれば、
私は自分の楊式に戻れない体になっていたかもしれない。
道を踏み外していたかもしれない。
そう考えるととても切なく恐ろしい。
入賞まで0.01という数字は、私を試させたのだと思う。
自分が本当になにをやりたいのか。
楊式太極拳において〝演技”しようとしたら、
それはもうすでに楊式太極拳ではない。
そうではなく内なる力に耳を傾けそれに従う。
その時に飾らない自然の美しさがにじみ出て来るのだと思う。
美を求めるのではなく、
本物を追い求めた結果が美となって表れる。
少なくとも私はそう考える。
***
今は存分に放鬆の世界を楽しんでいる。
肉体と心の疲れから解放され、体の中に氣が集まり始めている。