昨夜の午前クラスは男子のみだったので
推手と散手で勁の使い方を少しレクチャーしました。
相手がどんなに強い力で打って来ようが、猛スピードで打ってこようが、
右へ左へといなしてしまいます。
その中に自分の意思はありません。
まるで風見鶏のように風の向きに合わせてくるくる回るだけ。
ところで、太極拳がなぜ柔拳と呼ばれるのでしょう?
言葉では「柔」と発しておきながら、いざ相手に突きを出されるとついつい剛拳になってしまう。
誰かに思いっきり殴りかかれたら身構えてしまいますよね?
本能なんです。
だから柔わらかい力を使うためにはそれなりのトレーニングが必要です。
しかも柔拳になるために必要なことはテクニックだけではありません。
一番難しいのは「心」です。
「技術1:心9」といった比率でしょうか。
人生で一番難しいことはなんでしょう?
優しくなることでしょうか?
恐れないことでしょうか?
どれも大事ですが、
私が一番難しいと思うのは「許す」ことだと思います。
一旦相手に敵意、憎しみ、恨みを持つと、
それをなかなか許すことが出来なくなってしまいます。
「許す」ということが私は一番難しいと思いますし、
私も人生においてしばしばこれで苦労します。
しかし太極拳で相手から身を守るにはこの「許す」ことが一番大事なのです。
「許す」はやわらかいです。
「許す」には愛があります。
「許す」には友好的な気持ちがあります。
相手の攻撃を許す。
それを受け入れる。
それを返す。
いたずら電話撃退法でありましたよね?
自分の声を本人に返す。
それによって本人が自分の失態を知りそれ以上やろうと思わなくなります。
私が考える太極拳はこんな感じです。
太極拳の技は残酷なものが多いです。
しかしその中には愛があると信じます。
だから私は数ある武術の中かから太極拳を選びました。