今まで何度かお話してきたことですが、
「解ったと思ったら解っていない」
「出来たと思ったら出来ていない」
ということです。
世の中には情報収集が上手な人がいて、
その情報から推測したり予測したりするのが得意な人がいます。
それがあたかも本当のことのように話し、それを「論破」などと言っていますが、
情報から得た予測は所詮机上の空論に過ぎません。
何故なら情報収集している時点でその情報に操られているからです。
情報の9割以上は嘘だと思った方がいいでしょう。
情報発信者のほとんどは、自分の都合のいいように情報を作り出すものだからです。
情報収集とは異なり、修行者は別の体験をすることができます。
そして懸命に修行を続けていると、
ある時、自分の可能性を垣間見ることが出来ます。
その時、今までにない力を得たように感じます。
しかしそれはやがて消えます。
なぜ消えるのでしょう?
それはまだその域に達していないからです。
ではなぜ体験できるのでしょう?
それは、
「あなたはやがてこの力を手に入れることが出来ますよ」
ということを一瞬だけ天がその力を与えてくれるのです。
これは努力していなければ決して体験出来ないことです。
目に見えないものを嘘だと決めつけるのは自由です。
数ある情報から勝手な予測を立てるのも自由です。
しかし修行者は実際に未来を見る力を持っています。
それが「悟り」や「気づき」と言われるものです。
世の中は修行が辛いと思って止めてしまう人がほとんどです。
こうして情報に操られる側となります。
真実が知りたいのなら、すべきことは情報収集ではありません。
修行あるのみです。